三分遅れのクリームシチュー

 昨日はいつも以上に仕事が進まず、帰るころには十一時を回っていた。関内駅のホームはこの時間も妙に人が多い。「次に来ます電車は、急病のお客さまがおられまして三分遅れで到着の予定です。大変ご迷惑をおかけいたします」とアナウンス。たった三分の遅れで詫びられる。ということは、俺も三分の遅れを詫びねばならぬということだ。俺は規則正しく運行される電車は好きだ。だが、三分の遅れを詫びねばならぬ社会が、果たしていい社会なのかどうか判断つきかねた。
 夜道はひどく冷え込んでいた。俺は家に帰ったらクリームシチューを食おうと思った。こないだ買ったレトルトのを電子レンジで温めよう。同じようにご飯もレンジで温めようか、あるいは食パンもいいか。頭の中では矢野顕子が「あったか〜い クリームシチュー食べよ〜」と歌い始めていた。
 帰宅してさっそくレトルトを手に取った。パッケージには美味しそうなクリームシチューの写真。量も多そうで、「百円にしてはお買い得だったナ」と思わず笑みすらこぼれそうだ。しかし、人は歳を取ると疑うことを覚える。俺だって伊達に四半世紀生きてきたわけではない。「これには裏がある」、そう思って裏面の原材料をチェックする。……ない、どこにもパッケージ写真に写ってるジャガイモやニンジンの名前がない。
 突然だが、校正でもっとも注意すべきは細部ではなく見出しも見出し、大見出しだ。人間、ミスを探そうとすると、どうしても細かいところが気になってしまうもの。ところが、それによって見過ごされてしまうのがどーんと上部に構えるタイトルのスペリングミス。そして、この場合もそうだった。どこにもクリームシチューのクの字もない。あるのはただ「ホワイトソース」の七文字だけである。俺は頭の中の矢野顕子を糞のショットガンで射殺して、大人しくお好み焼きを焼いて食った。こんな味だったかな。