プロ野球 運命を変えた試合〜現代の兵法家の用兵術〜

 野球とは関係ない話をする。中国の戦国時代、斉の国に孫ピン*1と呼ばれる軍師がいた。孫ピンのピンは両脚を断たれる刑を受けたことを意味する。私のような現代生まれの者からすると、思わず古代中国にも前田智徳のような男がいたかと思い、うなる思いである。その孫ピンが、あるとき上司の競馬に付き合わされた。いつの時代も、部下を趣味に巻き込む上司というのがいるものだ。こんなとき私なら、「何で仕事以外までつきあいをしなきゃいけないんだ」と内心思いつつ、適当にヘイコラして、その晩はビールをかっくらって寝てしまうところである。しかし、後世に孫武とともに「孫子」として語り継がれる男はちゃーんと考えてるんですね。「これは自分の能力をアピールする絶好のチャンスだ」と。
 競馬は上司とライバルが、それぞれ三頭の馬を用意して、マッチレース三戦で勝敗を決するというもの。孫ピンは両者の馬を見て、強い馬、普通の馬、弱い馬を見抜いてしまった。そして、最初に一番強い馬を出してきた相手に、同じく強い馬で対抗しようとする上司にこう言ったのである。「初戦は一番弱い馬を出しましょう」。強い馬には強い馬と意気込む上司に、普通はこんなことは言えない。ところが、自分に自信がある男は違うんだなぁ。そして、当然弱い馬はこてんぱんに破れてしまう。しかし、動じることなく相手の普通の馬に我が方の強い馬、相手の弱い馬に我が方の強い馬を出し、終わってみれば三戦二勝の大逆転勝利である。「たとえ初戦を落としても、大切なのはシリーズを勝つこと何ですよ」。聞けば当たり前の言葉だが、それが持つ意味は万里の長城なみに重い。常人ならわざと負けることなど思いも寄らぬことなのだ。それにしても私はこう思うのである。もしも上司が孫ピンの直言を聞き入れなかったら、と。奇抜なアイディアに応える上司が居たからこそ、孫ピンは後世に名を残したのである。度量の広い上司に巡り会えるか会えないかで、男の一生は大きく左右される。それが中国四千年の歴史にすら影響してしまう。この事実を前に、私はふるえる思いだ。
 さて、話を現代に戻そう。平成十七年三月二十六日、東北楽天ゴールデンイーグルスは歴史的な一勝を挙げた。「シーズン百敗するんじゃないか」という評判もどこへやら、千葉ロッテマリーンズ相手に初陣を飾って見せたのだ。こうなると盛り上がるのが人間というものである。「案外いけるんじゃないか」と連勝を狙うのが常人の考えである。ところが、「案ずるより田尾安志」と言われた男は違うんだなぁ。こういうときも、長い解説者生活で磨いた頭脳がちゃーんと答えを弾き出している。
 田尾は試合前、先発の藤崎紘範投手を呼びだしてこう言ったのである。「なあ藤崎よ、今日の試合は勝たなくてもいいぞ」*2。今年プロ四年生になる藤崎投手の通算成績は「一勝一敗〇セーブ 投球回数17 2/3回」、すなわち、プロ野球に居られるかどうか瀬戸際の男だったと言っていい。それが、首の皮一枚残った楽天イーグルスで這い上がった。そして、開幕二戦目の先発を任されるところまできた。それが急に「勝たなくてもいい」である。普通なら「俺はなんて人情味のない男の下で働いているんだろう」と、荷物をまとめて田舎に帰りたくなるところである。ところが田尾は、理詰めで説得したのである。「なるほど、お前の勝ちたいという気持ちもわかる。だが、よく考えてくれ。我々に必要なのは、何がなんでも二連勝することじゃないんだ。三戦二勝で勝ち越すことが、長いシーズンを戦う上で重要なんだ」と。
 贔屓のチームが大量得点を挙げて気持ちよく大勝した翌日、打線が湿りに湿って負けてしまう。そんな光景は、プロ野球ファンなら何百試合と見てきただろう。まさに、現代の孫ピンである田尾の狙いはそこにあったのだ。だから、楽天の投手陣は打たれに打たれた。負けも負けたりスコアは二十六対〇。長いプロ野球の歴史で、ロッテに二十六点も取られたのはこの時の楽天イーグルスのみである。しかし、それも全ては翌日の勝利のため。指揮官とはときに味方の潰滅を冷静に見届ける必要があるのである。
 ところが、だ。プロ野球の日程は半年どころか翌日のこともわからないものだ。ここまで書いて一応確認したら、明日の相手はロッテでなく福岡ソフトバンクホークスなのである。「娘の演奏会に行く約束だから」と言い残し、上司が帰宅してしまったのをいいことに、調子に乗って日記を書いていたらこのざまである。時に先に帰ってしまう上司を持つことも、男の人生の妙薬なのか。

*1:ピンは月偏に賓

*2:事実関係は本項と全く関係ありません