真夜中の侵入

 昨夜も静かなものだった。が、俺が本を読み終わった一時半頃だろうか、突如「はい?」「ええ?」などの声が聞こえてきた。普段フォントのサイズや色を変えるのを嫌う自分が、思わずボールドにしてしまうくらいだ。また独り言かと思ったが、その後にごにょごにょ聞こえてくるので、これは電話のようだ。相手の声が小さいのか何かわからないけれど、ちょっとろれつの回ってない感じでいちいち返事をする。そして、会話が盛り上がってきたのか、時折会話の内容もボールド体くらいの声で聞こえてくる。「私はそんなことに怒る人間じゃありませんよぉ」「○○ちゃんがそんなに思ってくれてるとは…」「パンツ履いたオカマだからね!」「私はハゲオヤジだから」
 ……戦慄の午前二時。え、あなたオカマなのですか? そういえば思い当たるふしもあります。こないだ洗濯物を干そうとしたら、そちらの洗濯物がちらりと目に入り、女性下着のようなものが見えたのです。それを見て私は「深夜の大音量は、女とやってるのを隠すためのかもしれない」なんてゲスの勘ぐりをしたものです。それが、その、なんというか。「ええー?」
 とはいえ、会話の詳細まで聞けたわけではない(怖くて壁に耳を付けるような真似はできませんでした)ので、隣人ハゲオヤジオカマ説は確定したわけではありません。酔ってそんなふうなふざけた会話をしていたのかもしれないし、通話相手や他人のことかもしれません。しかし、あの深夜にオッサンが○○ちゃん(男女どちらの名前とも考えられる)についての恋の話に、大声でボールド体の花を咲かせるというのも妙だと思ったのは確かです。私は恐るべき推測の前に、体が金縛りになるのを感じながら眠りについたものです。金縛りの話も含めて、全部本当です。