20gの虎穴

 ボウルを100円ショップで300円で買った秤の上に載せる。針は160gを指し示す。ボウルに小麦粉を入れる。260gで止める。いや、止まる。呼吸と同じくらい自然な行為。160g→260gは定められている。
 が、昨夜のことである。こともあろうか予期せぬ塊の落下によって針は280gを指した。一瞬のパニック。水分量が合わない、フライパンの面積に合わない、1袋1kgの帳尻が合わない。……しかし俺は、すぐにレンゲでボウルから袋への帰還事業を開始する。が、なかなか減らないのだ。袋の圧縮から解放された小麦粉は、体積の割に軽い。むしろ、レンゲからこぼれ落ちる損耗率。
 そこで俺は一つの決断を下した。このままお好み焼きを作る、と。松平アナには、ここで歴史が動いたと伝えたい。その時の俺はアルプスを越えるハンニバルであり、合肥の戦いの甘寧今川義元の陣に奇襲をかける織田信長対馬海峡へ向かう聯合艦隊そのものであった。
 そして、見よ、具はキャベツだけだというのにこの立派なお好み焼きを。俺は久々に満腹になった。満腹は人を幸福にする。たった20gの差で人間は幸福になれる。人はパンのみで幸福になれる。しかし、その幸福のためには虎穴に入る比類なき勇気が必要であり、日常生活でその機会を得ることは稀であると言わざるをえない。人間の幸福はおしなべて偶然による。