メラトニンを喰うから、このごろよく夢を見る

 上の電波文は今朝の六時ごろ、布団の中でケータイで打ち込み送信したものだ。夢うつつの境で、半ばオートマティスムによって書かれたものだが、今こうしてパソコンから読み返すに、案外文章が通っているので我ながらたいしたものだと感心する。ケータイに搭載されたATOKの援助もある。内容に関しては言うことがない。明恵上人の本を枕元に置く仏教趣味を通してフィリップ・K・ディック世界に迷い込み、あらゆる俗なシチュエーションの中で俺は世界の成り立ちと時間と愛と悲しみのことを知ったまでのことである。
メラトニンを喰って夢を見る!
 さて俺は毎夜毎夜のように夢を見るようになった。メラトニンを食い始めてからだ。上の最初の夢の次の晩、その夢がすばらしかった。失われた鎌倉の実家のベッドから浮き上がった俺は、追憶の中の家々、街並み、都市と都市をつぎつぎと構築していき、それを維持して、その中を飛び回ったのだ。なおかつ明晰夢だった。いやらしいことだってできた。俺は悪夢の副作用に明晰夢で勝てる!
 俺は有頂天になって、俺は俺の夢の支配者になったような気になった。「次の休みの日は雨戸を閉め切ってメラトニン食いまくって、朝から晩まで夢を見ていよう。夢、なんとすばらしい娯楽。ほとんど金はかからぬし、どんな映画を観ても、どんな遊園地のアトラクションでも、これを上回るスペクタクルはあるまいぞ」などと思う。実際やってみたら、だいたい悪夢だった。それも、近しい人に言ってはいけないことを叩きつけるといった、生々しい悪夢、化け物に追い回される方がずいぶんましな類の悪夢なのであった。
 それでも夢は面白いので、俺はメラトニンを喰って寝る。毎晩のように夢を見る。夢を覚えている、といった方がいいだろうか。それとも、本当にメラトニンの効果なのだろうか? 夢に対する強い意識が能動的に働いている結果ではないのか?
 ……そうだからなんだというのだ。それはメラトニンを喰ったことによる効果だ。メラトニンを喰うという儀式なしに、俺は夢を強く願う機会はなかったし、それを実現するだけの力はなかったろう。これがメラトニンの効果でなくてなんだというのだ。
 俺は、最良の薬、サプリメントとは、偽薬であると信じて疑わない。認知心理学の講義で、「偽薬を用いた二重盲実験で、偽薬被験者に対して種明かししたのちも、なお効き続けるほど強い偽薬は強いのだ」ということを聴き、いたく感銘を受けたことがある。また、こないだ放送大学の薬理学総論をなんとなく見ていたら、薬効の仕組みの一つとしてプラセボが挙げられており、その効き目は「20〜50%です」(総論なので何を何で割った数字かわからなかった)などと言う。体の中で化学式の反応が起こったり、なんとか受容体をなんとか成分が塞いでどうこうというより、勝手に効いていると思って勝手に治るなら、それに勝ることはないではないか。
 よって、俺は俺に薬が効くということを深く信じて疑わぬというプラシーボ効果を信じて疑わないでそもそも偽薬でなく科学的な機序を有する薬を飲むのだから、それが効かないはずがないということをまた信じて疑わぬのであって、俺に薬が効かないはずがないのである。俺の薬に対する信頼は信仰の域に達しており、その非科学性によって科学を裏打ちし、科学を非科学によって裏打ちしているのである。ゆえに俺はメラトニンを喰えば夢を見ることができるのだ。悪夢だって。たとえ俺の喰うメラトニンに夜間情動の不安を引き起こす、おそらく悪夢のもとであろうビタミンB6が含まれていなくとも、たとえ俺が昨夜メラトニンを喰っておらず、実際のところ喰ったり喰わなかったりしているとしてもだ(連用は勧められていない。耐性がついてもつまらない。用法・用量を守ることはやはりプラセボを強化することであると信じる)。
 なお、本来の、睡眠薬的な、睡眠導入剤的な、実際に眠りに入ることについての働きはどうか。これは、当然俺の個人的感想だが、はっきりいって強く作用する。これはたとえば、部屋を暗くして、メラトニン喰って、溶け終わったあと、「やっぱりトイレ行こう」と起き上がろうとしたときの、そのときの抵抗から実感できた。その強さは、たとえば睡眠導入剤にも転用される第一世代抗ヒスタミン薬、アタラックスなどの効用をはるかにしのぎ、ほとんどマイスリー級の効果があるのではないかと思う。ただ、マイスリーとは違うのは寝起きに引きずらないことだ。明るくすれば、もう効果は消え失せるのだ。俺はそう信じていて、寝起きがよくなった。なんの問題があろうか。
 おん・ころころ・せんだり・まとうぎ・そわか、などと真言を唱える必要はいっさいない。ただ深い信心があれば、薬はそれに応えてくれるのである。ただ、言うまでもなくこれは俺の俺に対する自己責任であって、「うひょー、俺もメラトニン喰うぞ」とか思う人があっても、その人の自己責任の上で、お医者さまとご相談の上、用法用量を守って、服用したりしなかったりしてください。あなかしこ。

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  • 空飛ぶ夢は見ない……最近飛行機やヘリコプターが墜ちる夢は見ていない。街中で歩いていて飛行機やヘリコプターを目で追うくせは健在。