村上春樹の誌上告白予告

 2月15日に開かれたエルサレム賞授賞式のスピーチで、イスラエルのガザ攻撃を批判して話題になった作家村上春樹さん(60)のインタビュー「僕はなぜエルサレムに行ったのか」が、受賞スピーチ「壁と卵」(全文)とともに、10日発売の「文芸春秋」4月号に掲載される。

http://www.asahi.com/culture/update/0308/TKY200903080140.html

 この話題についてはしばらく触れていない。が、逆に言えばすべての話題が「壁と卵」の比喩を元にしているといってもよい。あまりにその構図に拘泥しすぎて、視野が狭くなってはいけないのは確かだ。かといって元よりそれについて「壁と卵」というような、具体的なイメージができなかった身としては、あるいはぼんやりと思い込んでいた構図について、それを当てはめてみたりすれば、なにか新たな視点を得ることができるかもしれない。また、見ていって、どうにも考えがつまってしまうところの、そのさきに、また新しいものの見方があるかもしれない。
 と、ところで、その前にひとつだけ触れておきたい、「これは!」というものがあった。この年度末の忙しさですっかり散らかった俺の部屋の地表付近から、偶然発掘された一冊の本。

Xへの手紙・私小説論 (新潮文庫)

Xへの手紙・私小説論 (新潮文庫)

 この文庫本の中の、その名も「政治と文学」という一篇だ。「あれ、こんなの買っていたのか」とパラパラとめくり、なにやらムラカミハルキの今回の件について思わせるようなタイトルであって、これを読んだところドンピシャだった(と、少なくとも俺は思った)のだ。
 ここで触れられていたのは、おもに、アンドレ・ジイド(アンドレ・ジッド)の『ソヴェト紀行』(ソヴェト旅行記)についてであった。文学者ジイドが新国家ソヴェートを見て来た書いたというらしいそれ(俺は読んでないよ)。まあ、ともかく、そこで論じられている。文学、文学者と政治についての、その文学者側からジイドが述べたとされること、小林秀雄が見てとったもの。これはもう、まさに、村上春樹が、今回イスラエルに対して見せたそれと、ほとんど重なるんじゃねえのか、と。
 と、この辺について、じっくりと述べるつもりだった。が、俺が「じっくりと述べる」つもりになったものは、99%完成しない。勢いで書き始めないと無理。あと、じっくり引用しようとすると、引用を打つのに時間がかかり(でも、その作業はすごく好きなんだけど!)、今は時期的に無理、みてえな。なんというか、俺はスプリンターだな。息がもたない。
 そういうわけで、まあ、また機会があれば、ちょっと引いてみたいと思う。あと、俺がなぜ小林秀雄の本を買っていたかといえば、理由はありがちなことであって、高橋源一郎の『ジョン・レノン対火星人』が好きだからだ。とくに、その中の登場人であるヘーゲルの大論理学が、突発性小林秀雄地獄に落ち込んでいくさまが大好きなのだ。突発性でこうなのならば、いったい慢性小林秀雄地獄ってのは、どんなもんかって思うじゃない?

 わたしの「偉大なポルノグラフィー」はすごいんだからな、びっくりするなよ。
 「夢想は捨てちゃった方がいいぜ、ほんとに。いつまでも青春の夢なんか追っかけちゃって、君は……」と言いかけた瞬間、「ヘーゲルの大論理学」の顔が不気味に歪んだ。
 「ルノワール」の天井に埋めこまれたスピーカーからモーツァルトの天使(ケルビム)たちの唄う「ラクリモーサ・ディエス・イラ」が流れだしたのだ。
 
 「ヘーゲルの大論理学」は秒速三十万キロでリリシズムの極限へ落っこちて行った。
 光速で落下する「ヘーゲルの大論理学」の顔は宇宙戦艦ヤマトの波動法で撃ちぬかれたダース・ヴェーダのように官能的だった。

「もう秋か(ロトン・デジャ)」と「ヘーゲルの大論理学」が呟いた。

「暁がくれば、おれたちは、燃えあがる忍辱の鎧で武装して、光り輝く街へ入つてゆくだらう。流れる雲はベートーヴェンの三連音符の形をして暁の空に浮かんでゐたつけ。あう、歴史とは、畢竟思い出にすぎないのだもの。おれはきつと近代の野蛮人なのだ。近代絵画が好きだ、おれは。本居宣長は桜なのだ。利口なやつはたんと反省するがよい。おれは馬鹿だから……馬鹿……馬鹿だから……」
 「ヘーゲルの大論理学」がこの突発性小林秀雄地獄に見舞われるようになったのは……

 そうだ、俺は小林秀雄についてなにも知らん。これからもっと読むかもしれない。ランボーについてもよく知らない。ただ、金子光晴訳の「サンサシオン」は好きだ。そういえば、金子光晴も、高橋源一郎の小説でタバコをせびってるのを見て、気になって読み始めたのだった高橋源一郎からは得るところが多い。
 で、なんの話だっけ。村上春樹か。文藝春秋、ひさびさに買うか。よし、じゃあ、それじゃあ、L'automne deja!

関連______________________