全共闘世代に学ぶ、警察とうまくやっていくためのライフハック

 ……こちらの記事を読んで、ブコメに思い出話と自分と警察について書こうとしたら、100字に収まらなかったのでこちらにメモします。

親父と警察

 俺の父親は全共闘世代というか、まっさかりというか、ずばりの人間だった。基本的に、反権力、反管理だ。そういう世代だ。
 しかし、なにかもめごとになると、速攻で110番するという技を持っていた。相手に対する恫喝のような意味での110番奥崎謙三が、「通報しますよ!」って言われたら、言ったほうから電話機を奪いとって、自分で先に110番するでしょう。あのノリ。「こっちから110番するくらい、自分の正当性を信じているぞ!」って意思表示。で、本当に呼んじゃう。とくに、「警察呼びますよ」っていわれたら(べつに警察呼ばれるようなことじゃなくて、車同士のすれ違いで、どっちが譲るか、みてえな。でも、広島弁でどなるから、相手が怖がる)、すぐに発動していたと思う。何度か、あった。
 これは、いやだよね。先手打っちゃう。向こうとしては、二者間とのたたかいだと思っていたら、なんかわかんないけど、いきなり国家権力を介入させてくる。しかも、被害者として通報していやがる。面倒だ。
 しかも、親父にはもうひとつ技があった。たとえば、家族旅行などに行く(ん、あんまり近所ではトラブル起こしてなかったような気も)となると、事前とか、あるいはなんか立ち寄った飲食店の電話帳とかで、その近くの警察署とか、交番とかの、電話番号、これをなんか調べておくんだよね。それで、なんかあったら110番じゃなくて、そっちに電話かけんの。いつだったか、どっかの海岸で、地元のヤンキーみたいのが、打ち上げ花火やロケット花火を水平発射したときがあって、速攻で公衆電話(ケータイなんてないころ)からそっちに電話かけて、あっという間にパトカー来ておどろいたことがあったっけ。
 でも、本人、警察なんか大嫌いなんだよね。すごく悪し様に言うね。屁とも思ってない。で、「利用できるときは、利用すればいいんだ」って、なんというか、本人としては、こき使ってるというか、もう、喧嘩の道具くらいにしか思ってない。

俺と警察

 ……で、それを見て育った俺がどうなったかというと、「ああはなりたくねえな」と。なんというか、あの世代、団塊の世代かな、その世代の、ああいうノリ、嫌だわ、俺。もう、子供心にも嫌で嫌でしょうがなかった。
 たとえば、笛田公園の芝生広場って、予約利用制だったじゃん。正月にさ、凧揚げに行ってさ、俺が小学生のころ、まだそんなに俺は大きくなかったな、親子で凧揚げだから、まだ低学年か三年生、四年生くらいか、まあ、フェンス締まってるわけ。中は誰もつかってない。それで、別に規則なんていいんだって、親父はずかずかと入っていくわけ。そしたら、なんか管理人のじいさんが来てさ、親父は「こんなに広い芝生の広場があるのに、子供にコンクリートの上で凧揚げさせるのか!」って言うわけよ。俺はさ、子供心にさ、「お父さん、僕はあなたのいうことが、大きな視点では正しいのではないかと思うけれども、そんなに管理人のおじいさんどなりつけて、そうやって主張することじゃないでしょう。僕はもう、まったく凧揚げが楽しくなくなってしまったよ」って、まあ、子供の言葉で考えたりしてたんだよ。そんなの面倒だから、ルールには従っておこうよ、と。そのあたり、俺が『足もとの自然から始めよう』に共感して、下手な教育はフィリアよりフォビアを育ててしまうってところは、環境教育ばかりじゃねえんじゃねえのって思うところ。公園の使用法だって、ルールの方が間違ってるかもしれないけど、子供心に、なんかもう、すごくうんざりさせられたんだ。過剰な「よかれ」が、結果的に子供をディスカレッジしてしまうことってあると思わない?
 で、今、なんかもう、飼い慣らされた感じの、反抗や抵抗についてスポイルされてしまっている若者、あと、たとえば草食系とか呼ばれてる人も、なんかそういう親の姿とか見て育った世代じゃねえの? って、あんまり世代論とか、なんとか系とかの決めつけ嫌(女の人に「僕って草食系ですかね?」って聞いたら、「肉食じゃないけど……、?」って言われたから)だけども、ちょっとそんな風に想像することもある。まあともかく、俺は、そんな風に無条件に、警察官を軽視するような、なんかそういうのは嫌だね。
 それで、ふだん俺が、警察にどう接しているかというと、もう、なんというか、全面的尊敬のまなざしというか、「わあ、お巡りさん、大好き!」というオーラを出すようにしている。村崎百郎が書いていたと思うんだけれども、なんか、それで、鬼畜ゴミ漁りしていても、あんまり捕まらないとかなんとか。じゃあ、俺のような、ほとんど善良な、小市民が、そういうオーラ出せばどうなるかといえば、なんかいきなり警棒で殴られたりしないと思う。すごいアイディア。それ採用。それで、ほら、花輪和一が『刑務所の中』に描いていた、心にグラインダーかけた囚人みたいな、ああいう感じでいこう、と(さっきからたとえにもちだすものが極端だな)。
 で、その結果かどうか、俺は今まで職質らしき職質をされたことがない。深夜の公園をひとりでうろうろしていても大丈夫だ。もう、愛、愛によるものだ。だいたい、そもそも、俺はほとんど善良な、遵法意識まみれの、糞小市民なんだから、そこに裏切りはないね、愛だよ、愛。警察愛、人類愛。ありがとうポリスメン、さようならポリスメン、こんにちはポリスメン。マジリスペクト、コップ、コッパー、コッペスト。と、そんな感じでいけば、まあ、なんか、よろしくやっていけるんじゃないかって、そんな風に思っています。というか、本当ですよ?
 あ、でも、いつか、俺は、奥崎敬三みたいに、「警察呼びますよ!」って言われたら、「こっちから呼んでやる!」って言ってみたいとか、そんなふうに思ったりはしているのでした。おしまい。

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