午後九時三十分、ブックオフイセザキモール店一階の戦い


 めずらしく、というかはじめて仕事あがりに伊勢佐木町の方へ行き、日曜日に訪れたばかりのブックオフに再訪。目的は『涼宮ハルヒの憂鬱』の続きを買うことにほかならず、日曜見た段階では『憂鬱』が五、六冊、第二弾が三冊、続きが一冊ずつ数冊という様相、まだあると高をくくって行けば、ごっそりと『ハルヒ』ゾーン抜け落ちて第二弾の『溜息』しか買えず。どいつもこいつも今回の「あらためて」放送で知った口か、今さらハルヒを買うやつなんて大バカ野郎だ。その後、三階の新書・女性向きコミック、四階のコミックと、いつも休日しか来たことのないブックオフのえらく空いていて快適な中、数冊買い足して、この時間、各階レジはしまっていて一階レジへ降りる。
 階段の途中から異変というか異様な空気というか、まず感じたのは強い人間の体臭であって、つづいて怒号、罵倒が一階フロアを支配していることに気づく。その主は買い取りカウンター前で店員につめよるおっさん、年の頃は五十か六十か、スキンヘッドにタンクトップ、短パン、ゴム草履、対する店員は二十代かと思える女性、地味目でブックオフのアルバイトをしていそうな雰囲気。俺、会社帰りにブックオフで『涼宮ハルヒ』シリーズを買いそうなぼんくら三十男、買い取りカウンターの横、レジで一人勘定している後ろにならび、おっさんを眺めたりする。
 すると、目の前の閉じていたレジにまた一人男の店員現れ、「こちらでどうぞ」と言う。タイミング的には、もうこちらのレジの勘定終わるところであって、俺の後ろに列もなく、別にいいのにと思うも、目の前で進められてわざわざ拒否するのもおかしいかと思い会計へ。ふと気づくが、この男、横のおっさん、売りに来たエロ漫画の査定に大声で文句をつけているおっさん対応に加わりたくないために、俺をだしに使ったのかと思う。邪推だ、我ながら邪推だと思う。ただ、今にも女の店員泣き出しそうで、おっさんの理不尽な大声は響きわたる、強い体臭。
 ただ、俺は俺もよこしまなのだ、この目の前の男の店員のとった行動を推測する心のはたらきは、まさに俺がこの男の店員であったら、おっさんからの逃避に対するエクスキューズとして、しなくてもいいレジ対応をしたんじゃないかということなんだ。現に俺は、横のおっさんに「じゃかぁしいぞ! 静かにやらんか!」などと怒鳴りつけたりする勇気を持ち合わせてはおらん。ただ、俺が男の店員の立場だったら、その後続く女の店員との職場内関係を憂鬱に思い、臆病だけど好戦的なところもあるあたりを駆り立てて、対応をうけもつかもしらん。さもなければ、二対一の数的優位を形作るようにするかもしらん。できんかもしらん。なんともいえない。ひょっとしたら、こういう客相手のマニュアルなどあるかもしれないが、そんなことを思いつくあたり、ほとんどエクスキューズに頼る俺の思考回路。だから俺は、なんともいえない。
 なんともいえないといえば、俺がこのおっさんの立場だったらというところもある。見たところ、持ってきているエロ漫画単行本数冊、きちっと積みかさねられた様を見るに、新品同様、ひょっとしたら危険を冒して罪を犯して入手したものかもしれず、あるいはゾッキ本をどこからか、桜木町のあのあたりで買ってきて、それを売って差額を得ようとしたのかもしれず、いずれにせよ、単に趣味のエロ漫画を売りに来た様子ではない。そこにおいて、一冊七十円の査定、買い取りできない査定というのは、みずからの命運を左右することかもしれず、ごねて、ごねて、別にブックオフのバイトが、他の客がどう思おうが知ったことではない、何らかの戦果、生きるための収穫を得ねばならんのかもしらんというところで、警察を呼ばれないラインでやれるところまでやる、呼ばれたところでいいから、やれるところまでやるというところかもしれない。そのとき、俺に帰る家があるのか、マリナードの地下に帰るのかはわからないが、俺はかつてブックオフとそんな関係ではなかったし、エロ本というのは買って読むものだったのに、そのようになるとは思いもしなかった、いや、現にこうして予感していたじゃないかと思うのかどうか……。なんともいえない。俺は誰も責められない。
 俺は算数が苦手なので、予想していたより少額だった支払いを済ませ、店を出た。店を出て、関内駅の方へ、パラパラと雨が降りはじめて、道行く人に傘はなく、ただ俺だけが折りたたみ傘ひらいてとぼとぼと行く、路上ミュージシャン、客引き、そうだ、久しぶりに吉野家で牛丼を食おう。俺はまだ、ブックオフで漫画を買う金はあるし、牛丼と、それからけんちん汁くらい頼める金はあるんだ……。

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