運転の秘訣は「予測と調和」

 ピストン西沢がラジオで言ってたんだけれども、運転の秘訣ってのは「予測と調和」なんだって。これは、日常の路上から、サーキットのレースでも変わらないって。
 そんで、俺、それ、すげえいいなあって思ったの。俺も、自動車、原付、自転車と乗ってきて、今はもっぱら自転車なんだけれども、やっぱり車道に乗ってるとちょっと怖いところもあるんだけれども、念仏のように「予測と調和」、「予測と調和」ってさ、そう念じて、念じてるだけじゃだめだから、ともかくそれを心掛けているというか、意識するようにしてんの。
 たとえば、こう前方でさ、おばちゃんが車道に向かって、右手あげたりしてんのが見えるじゃん。したらさ、それはもう、俺に手を振ってるわけじゃなく、俺の後ろのタクシーに合図してたりするわけ。それで、タクシー運転手ってのは、乱暴な人もいるかもしれないけれども、俺はその技量に信頼を置いているんだけれども、ただ、なんというか、客に食いつくときの無茶ってのは、かなりあるじゃん、このご時世。それで、こう、いつでも止まれるくらいにスピード落として、ほら! やっぱりすげえ割り込みで来た! とかなって、ピタッとこっちが止まれたりしたら、それはもう、なんか「予測通り」であって、まあタクシーが無茶したから、調和とは言い難いけど、俺が挟まれて悲惨なことになるよりは、マシに社会が回った、みてえなところもあるしさ。

 そんなわけで、なんつーのか、そりゃまあ車やバイク、自転車で走ってる人間には、それぞれの目的もあるんだろうけれども、少なくとも俺は、調和を目指したいってところがあって、まあ自転車自体邪魔だって言われたらその通りかもしれないけど、こっちからしたらお前らが邪魔だから五分五分でさ、その上で、お互い、うまいことやっていきましょう、と。あるいは、うまくやれそうにないのを見かけたら、こっちで予測して、俺が調和に持って行きましょう、と。
 で、すげえスピードで、速度で、時間でどっかにたどり着けるのもいいけど、まあ所詮、俺なんかはクロスだし、予測がはまってうまく譲れたときの方が嬉しい、楽しい、面白い、なんつーか、ゲームをうまくクリアしたような気になれてさ、俺はそんなんで、まあ、「予測と調和」言いながら、自転車漕いだりしてます、と。そんで、もしもダンプカーにぶつかって死ぬにしても、その直前の何秒かに、できるかぎりの回避とかを試みて、やるだけやった上で、「ああ、こりゃどうにもならんわ。今朝、五分早く起きればよかったんだな、しゃあねえや」とか思いながら死ねば、それなりに幸せじゃねえかと思うのでした、おしまい。