自転車映画の決定版! 『17歳の風景〜少年は何を見たのか〜』

17歳の風景 [DVD]

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ジャイアント・ノット・エスケープ


 『実録・連合赤軍』に続いて、若松孝二監督作品。母を殺した少年が、北へ向かう風景を映した作品……というような知識で見はじめたが、なんとこれ、ほとんど自転車映画であった。そう、少年が福岡から北へ、北へ、本州北端に向かう移動手段が、自転車だったのだ。そして、さらに、その自転車はGiant。いや、なんというか、それだけで俺の心を掴むのに十分。Giant Escape、まさにこの映画にふさわしい。
 ……って、エスケープじゃないよ、どう見ても。でも、長距離だからといって、Great Journeyみたいなランドナー(?)でもない。なんというのか、マウンテンバイク寄りだ。フォークに「RST」と書いてあるが、どうもフォークの名前らしく、昨日今日自転車を始め、ジャイアンツ(笑)になった俺にはようわからん。
 ただ、ともかく、少年がまたがって、北へ北へと走っていったのは、ジャイアントなんだ。これが、ピナレロコルナゴやジオスやキャノンデールでは様にならない、と思う。かといって、9,800円のママチャリでは、さすがに無理だろう。そのあたり、ジャイアントがとてもいいように思う。

北へ、北へ


 というわけで、ほとんど、映画の75%くらいは、主役の柄本佑柄本明の息子)が、一人黙々と自転車を漕いでいるシーンだ。チキ、チキ、チキと小気味よいチェーンの音、息づかい。北へ、北へ。坂、向こう側から自転車が来て、坂を登り切るのをこっち側から撮る、そんなシーンが多かったように思う。頂上付近になると、ちょっと、足を緩めて、下りに向かう、そんなシーンが多かった。そんな風に思う。
 冬、北へ、浄土ヶ浜へ……。いや、浄土ヶ浜じゃないんだ。そうだ、だからか、俺は途中から、どうしても主人公が南下しているように見えてしまったのだった。海の方向だ。神奈川の人間には、どうしても太平洋側を思い浮かべる。これは日本海側のルートなんだ、たぶん。まあいい、ともかく、俺にとっての浄土ヶ浜は、言いたくはないが、場所としての浄土ヶ浜ではないのだ。天竺、みたいなものだ。ガンダーラ、みたいなものだ。それじゃあ、この少年も、母親殺しを振り切り、どこか安住の地を目指していたのか? 逃げていたのか? 向かっていたのか? どうだろう?
 俺ははじめ、この少年が逃げているように見えた。しかし、途中から、向かっているようにも見えてきた。目的地でなく、次の一漕ぎ、次の一漕ぎという、一瞬一瞬の目的地へ。一歩、一歩の目的地。ゼツ、ゼツ、ボウボウ、絶、望、ボウ。俺にはそう見えたんだ。知らないけどさ。

俺も自転車で遠くに行きたいんだ


 そうさ、こいつのことは知らないが、俺が俺のジャイアント・エスケープに跨って、いったい、どこにどうやって行きたいんだ、なにがしたいんだ。ああ、俺のエスケープは、タイヤも23Cにしてしまったし、砂浜や雪道は走れないだろう、だから舗装された道、管理された道を、それでも、自由に、どこまでも、一人で、いや、凛子と一緒に、浄土ヶ浜を目指して、走り続けるんだ。凛子とは一緒でも、それは一人なんだ。そのために、やれ輪行袋だ、サングラスだ、替えのチューブだ、タイヤのパンク修理技術だ、そんなのはどうでもいいんだ。そんな心配事が、俺を縛りつけて、自由から阻害しようとするんだ。漕がなければいけなんだ。漕ぐためには、親をも殺さねばならん。いや、若松監督も言ってたではないか、脳内で殺せばいいんだ、と。ともかく、俺は何かを殺さなければ、また生きることもないのだ。殺して、走り出せ。走り出して、自由になって、北に行って、自由になるんだ。一漕ぎ一漕ぎが南無阿弥陀仏、一歩一歩が南無阿弥陀仏。俺のクランクはマニ車、回る事に、浄土へ、浄土へ……。

映画の話に戻ろう

←特典映像、試写会の講演。左は宮台真司。『実録・連合赤軍』に唐突に出てきたっけ。

 ただ、この映画は、たんに自動車風景映画では終わらない。若松孝二が、いったい今の世を、また、今の世を作りあげてきたのはなにか、その総括をしているようなところがある。わざとらしい高校生の会話、とってつけたような、旅の中の出会い。でも、いいじゃないか。針生一郎の語りがうっとうしいと思うかもしれないが、でも、主人公は、首肯もせず、否定もせず、ただ走り通づける、それがいい。自転車もぶっこわれて、それでも担いで、でも、ブン投げて、叫んで、いいなあ、浄土に行ったのかなあ。どこが天国で、どこが地獄か。
 そうだ、この映画も音楽がすばらしい。とくに、なまりのきついあの歌声。はじめて知ったが、友川カズキ友川かずき)。

 この歌ではなかったけど、このような歌。すごい。俺はまいってしまった。最近、iPodの中身がほとんど初音ミクなんだけれども、この人のCDも買おうか、そう思ったくらいだ。VOCALOID友川カズキ」というのはどうだろうか。あ、なんか話が逸れてきた。

俺が自転車で走りたい理由

 ……まあ、しかし、この映画を観て俺が感じたのは、俺が自転車で走る理由は、この少年に近いということだ。俺、30のおっさん。しかし、俺のメンタリティは、この17歳に近い。一緒だ。少なくとも、メタボ対策とか、健康的な趣味とか、童心を取り戻すだとか……、まったくないわけではないけれども、核ではないんだ。俺は、全部吹っ飛ばして、旅に出たいと思う。もう、そういう歳ではない……が、俺の人生経験、俺の人生にぽっかり空いた「旅」ということ、それを考えると、俺はまだ20歳だ! そうだ、俺はまだ20くらいなんだ。だから、だから、負けたり、死んだり、したいんだ。けど、俺は、それを逃げる狡智のかけらを、物心ついたころから抱いてきて、ああ、俺は馬鹿になりたい、馬鹿になりたい、凛子、俺を導いてくれ……!

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17歳のカルテ コレクターズ・エディション [DVD]……関係ないけど、『17歳のカルテ』も好きだな。ペトゥラ・クラークの「ダウンタウン」はすげえ好きな曲になった。