グリンピース、チョリン、チョリン、パリン!

 「ドン!」
 ……私はこの遊戯をするたびに、なにか、セロファン紙のように安っぽい色をした、緑の色ガラスが割れるような、そんな光景をまぶたの裏に思い浮かべていたものです。

 パリン!

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 「軍艦」と呼ばれる遊戯もありました。ルールは「グリンピース」と変わりません。ただ、かけ声が「軍艦」、グーは「軍艦」、チョキは「朝鮮」もしくは「沈没」、パーは「ハワイ」でした。自然と口調が早くなる遊戯ですので、「沈没」は自然と「チンボ」になっていき、なんとなく下品な心持ちになったものです。
 ちなみに、そのころの私にとって「朝鮮」とは具体的な国や人物、民族、文化、歴史などを思い浮かばせるものではなく、漠然としたアジアのどこか、というくらいのものでした。「ハワイ」については、これは真珠湾攻撃のイメージがありました。
 「軍艦」の決まり手のかけ声はなんだったろう。「ドボン」かな。いや、「軍艦」に決まり手はなかったのだっけ。

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 そういえば、「チンボ」よりももっと下品な遊戯もあった。「便所」だ。
 「べーんじょ!」のかけ声ととも始まるそれ。「ウンコ、ウンコ、パンツ」、「パンツ、パンツ、チンコ!」、「ジャー!」。

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 大船にある中学受験予備校に通っていたときのことです。少しハイソな西鎌倉小学校の子が、「グリンピース」について、私たちの知らないやり方をしてきましたことがありました。
 「グリンピース!」
 「グリン、パリン、チョリン!」
 「ちょっと待った、グリン、グリンって続けないでいいの?」
 「こっちの方がおもしろいよ!」
 そうかもしれない。私はさっそく自分の小学校に、この異文化を持ち込もうとしたものです。はたして、定着はしませんでしたけれども。
 ともかく、このような小さな交流がこの国を覆うような文化伝達のネットを形づくり、さまざまな変種を生みだして、そして消えてきたのでしょう。私の小学校に「朝鮮」と「沈没」の、ふたつのパターンが存在したのも、そのあらわれかもしれません。
 目に見えない、私たちの遊戯のネット。
 あいこになったら「ドン!」って言いましょうよ、「ドン!」って。「黄桜ドン!」でもいいけれど。

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