つかの間 リア充 霧深し

 日曜日の夕方だった。久しぶりに夕焼けだった。折りたたみ自転車に乗って、本牧の方へ買い物に行った。エスニックの雑貨店で、メキシコ製のかわいいマグカップと、お香を買った。店員さんに服の色をほめられた。その服はどこか、メキシコ製のなにかのようだった。世辞だろうとなんだろうと悪い気はしない。輸入食料品店でおすすめの白ワインと、ザウアークラウトの瓶詰め、スーパーでチーズとソーセージを買う。ザウアークラウトにホールの黒胡椒、ローリエの葉、白ワインでかるく煮込んで、ソーセージにあえる。ビールも飲みたくなるが、どうしよう?

 ……おれは何をしているんだろう? と、思った。おれがこんなふうにしているのは、阪神の最終で佐藤哲三が勝ったからだった。うまいタイミングでしかけて、武豊の本命馬をしのいだんだ。馬券は二日トータルで行って来い。ただし、そんなふうにうまいぐあいに転がったのはひさびさだったんだ。
 でも、なにかがちがう。
 買い物袋に商品つめながら、横で、おれと同じくらいの歳の男、ベビーカー、たくさんの買い物、無害な服、無害な奥さん。屋上の駐車場にマイカー。ここらあたりのどこか、ぴかぴかすぎないけれども、それなりの家、あるいはマンション。おれにはそれが見えた。それはおれの人生だった。

 家族、人生、将来設計。昇進、税金、年金暮らし。

 よう、よろしくやってるか。しあわせか。よかったな。あるいみで、おまえの方がたくさんのものをえている。べつの部分ではうしなっているかもしれない。おまえはそうしたのだから、そうやればいいし、おれはそうじゃなかったから、こんなふうにしている。まあなんとかやるさ。どっかで、人生のどっかでなにかが違っていれば、ひょっとしたらおれとおまえは逆だったかもしれないな。でも、もともとはそう大差ない時代の、大差ない生き物のなかの誤差だぜ。おまえはそんなことないと思うかもしれないけれども、たぶんそうなんだ。

 外はすっかり暗くなっていた。寒くもなく、あたたかくもなかった。おれは、6速の調子がわるくなった折りたたみ自転車を、それなりの速度で漕いだ。おれの部屋へと漕いだ。お気に入りのマグカップ、白ワイン、おれの嫁。