goldheadさん、『さべちん』を買って読む

さべちん (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

さべちん (WANI MAGAZINE COMICS SPECIAL)

 世の中にはいろいろの人の訃報が飛び交っています。どうやら、この世の中に人の死なない日はないようだ。twitterで訃報を伝えるbotをフォローしたgoldheadさんはそんな風に思いました。けれども、だいたいの人の訃報は、だいたいの人にとってあずかり知らない話であって、いちいち驚いたり悲しんだりしているひまも道理もないのですが。
 とはいえ、メディアを、ネットを駆け巡る訃報の中には、思わず声を漏らすようなものもあるのは確かでした。声を漏らさずとも、「え?」と絶句してしまうような訃報もあるものです。しばらく前のこと、goldheadさんが「え?」と思ったのは、SABEさんという漫画家の訃報でした。
 その一報を見たとき、goldheadさんは仕事中にも関わらず、両手を頭の後ろに組んで目を閉じ、なにかを思い返しはじめているようでした。頭の中を覗いてみれば、こともあろうに中学生時代に買っていたエロ漫画雑誌のことを考えていました。もっとも、goldheadさんは、とくに会社のネットを誰が監視しているわけでもないのを知っていて、仕事中にエロ本の注文くらい平気でするような男だったのですが……。
 若き日のgoldhead少年が、『快楽天』という雑誌の名前を目にしたのは、学校に近い書店の店先でした。表紙のイラストに、目が釘付けになったのでした。とはいえ、学友たちとの下校途中でしたし、学校の近くでマガジンやサンデーは買えても、エロ漫画は買えません。そのときは、『快楽天』という雑誌名を脳裡に焼きつけて、胸の奥にしまい込んだのでした。
 さて、エロに対する欲求に素直なgoldhead少年、胸ときめかして『快楽天』を買い求めたのはいうまでもありません。買ったのは大船のN書店でした。漫画の冊数を誇るN書店は、エロ分の供給も文句なく、店番はだいたいおばあさんが担当していました。彼の仲間内では「N書店のババア」と呼ばれていたそのおばあさん、いつも小型のテレビを見ていて、とくにお客さんに関心を払うということはありませんでした。目つきはするどく、あたりはきつそうなのですが、誰に何を売ろうが気にしないという態度だったので、本来ならエロ本を買うのにリスクのある彼らにとって、なんともありがたい存在なのでした。
 ともかく、goldhead少年は、ねんがんの『快楽天』を手に入れたのでした。しかし、その雑誌を見終えた彼は、少しだけ不満足に思いました。表紙のイラストの人のエロ漫画が載っていなかったからです。言うまでもないことかもしれませんが、彼が心奪われたイラストの描き手は村田蓮爾なのでした。
 しかし、それでも『快楽天』は十分な雑誌でした。「ほかのどのエロ漫画雑誌よりすぐれている!」と、goldhead少年はすっかりファンになったものでした。そして、その中で独自の存在感を放っていたのが、SABE先生なのでした。
 SABEさんもまた、エロ漫画を描く人ではありませんでした。四コマのギャグ漫画を描いていたのです。フード女に、ペンギン虐待女、ダッチミーちゃん、大野さん、いろいろなキャラが出ては、すこし内輪なネタもおりまぜつつ、楽しませてくれたものでした。goldhead少年は、ファミ通でかなり重要なポジションを桜玉吉鈴木みその漫画が占めているように、快楽天の少なからぬ部分はSABEさんの魅力にあると思っていたのでした。
 そんな、SABEさんの訃報なのでした。goldheadさんもエロ漫画雑誌を定期的に買わなくなって久しく、最近、『快楽天』の表紙が村田蓮爾でなくなったと知ったくらい。それでも、エロにまつわる追憶は時を超えて、彼の心のどこかを突いたようでした。彼がめずらしく新刊の漫画本を買ったのも、そんな理由があったからです。SABEさんの追悼本と銘打たれた『さべちん』、真っ青な背景にブルマー。日曜日の昼、それのほかに買うような本はこの世に一冊もありませんでした。
 goldheadさんは、すっかり『さべちん』に夢中になりました。未読だった『雀ロボ』から、どこかしんみりとしてしまう『ゆらさん日記』、そしてあの『ビューティフルマネー』。そう、あの面々、フード女に、ペンギン虐待女、そしてダッチミーちゃんに、大晦日マン。それに、SABEさんも自転車乗りだったことも、goldheadさんを喜ばせました(左のネタ、知らずに彼も迷い込んだ道なのです)。おかげで競馬の予想がおろそかになって、天皇賞で買ったアサクサキングスなど、最下位入線するありさまでした。それでもまあ、なにか幸せそうだったからよかったんじゃないでしょうか。おしまい。