みんないなくなっていく

 俺の住むアパート、一斉に増えた中国人たちが、一斉にいなくなった。一気に静かになったようだ。
 あの中国人たち、大家と事務的な連絡をするさいに聞いてみれば、留学生ではなかった。法人が部屋をいくつも一度に借り上げたそうだ。そして、11月の末にいなくなると、そのように告げられていた。そのとおりにいなくなった。どこに行ってしまったのだろう。

 若さ、異国の地での生活、仲間たち。こいつの前途には何が開けているのだろう。俺はこのワンルームアパートの奥の奥の部屋で、一人とじこもって何をしているのだろう。俺はなにかもう、明るいものを見て、目を逸らしたくなってしまった。

 結局、彼らは明るいものだったのだろうか。それとも、俺などよりさらに過酷な運命を背負って、この国のどこかで酷使されたりしているのだろうか。今となってはわからない。ひょっとすれば、もっとよいところに行ったのかもしれないし、あるいはもっと酷いところに行ったのかもしれない。いずれにせよ、どこかに行ってしまった。俺や、俺の隣の部屋のオカマのおっさんは、また残される。
 俺は、かすかに、いや、はっきりとうらやんでいる。どこかに行ってしまったことを。俺はいつも残されている。そんなふうに思う。俺は、いっそのこと、今のこの生活が全部ぶっ壊れて、どこかに行きたいと思っている。ただ、俺以外の誰かの何かを背負い込んでしまっている部分もあって、それを壊してしまうほどの思いもない。これ以上のぬるま湯も望めない。
 鍋に春雨を入れようと思って、適当な春雨を買った。雪平鍋に突っ込むと、長すぎて余る。入れた先端の方がやわらかくなっていくのをじっと待つ。その間、まだ浸されていない方がガスの火に引火しないようにみはらなくてはならない。
 俺は次に春雨を買うとき、くしゅくしゅにまるまったやつを買うだろう。少し割高でも、まるまったやつを買う。大方ほかのものに火が通り、最後にそいつをまんなかに入れる。蓋をして、待つ。チーズを囓る、ウイスキーを飲む。ウイスキーシングルモルトに限る。窓を見やれば、背の低い男が映る。ウイスキーは心地よく喉を焼き、後頭部にしみわたっていく。
 ここのところ腹の調子が常に悪いので、ビオフェルミンのようななにかを飲むようにしている。