goldheadさんは空を見上げるのが好きでした

 goldheadさんはポケーッと空を見上げるのが好きでした。身体がちっさいのでものや人を見上げるのはなれっこなのですが、空だけはいつ見ても飽きないのでした。そして、空のもようが変だったり、なにか飛んでいたりすると、その場に立ちどまって、いっそうポケーッとくぎづけにされてしまうのでした。

 昨日の朝、goldheadさんは、ビルの合間にとぎれとぎれのヴェイパートレイルを見つけたのでした。ヴェイパートレイルとは、飛行機雲のことです。goldheadさんは競馬狂いですので、馬の名前でおぼえた単語を、必要もないのに使うくせがあるのでした。
 「きみ、本当だったらヒコーキグモだよ。キーンってね。でもさ、あのとぎれとぎれのヴェイパートレイルはおもしろいな。こんなのは見たことがない。エンジンをふかしたり、やめたりを繰りかえしたのだろうか? ポンピングみたいにさ」

 「それにしても、こんなのは見たことがないな。なんで街のみんなは気にしないのだろう? 気にしないで歩いているのだろう。ぼくはもう、目が離せないんだけれども」

 ……おやおや、goldheadさん、みんなはあなたみたいな暇人ではないんですよ。それはもちろん、あなただって通勤途中かもしれない。でも、みんなはもっと一生懸命職場に向かい、一生懸命にはたらいて、一生懸命に人生を生きているんですよ。

 「そういうものなのかね。まったくわからんな。ほら、むかし、たぶんヴィリエ・ド・リラダン伯爵が、空に広告を描く短編を書いていたと思うけど、広告なんてなくったって、空というのはたいへんな見せ物じゃないのか。どんな映画館のスクリーンより大きく、一度上演されたものは二度と再演されないんだ。そして、このもようをすっかりぜんぶ予想したりするのは、人類の知恵をあつめたスーパー・コンピュータだって無理だろうさ。そんな中をちっぽけな人間の機械が飛んだりするのは、どんなにすばらしいことかわからないのかな」

 「みんな、もっと空を見ればいいのだ。Vivre? les serviteurs feront cela pour nous.だよ。空は形而下を超えているんだ。まったく、こんな驚異に目をみはらないなんてわからない。そこを行く人間の軌跡に酔いしれないとは理解できない。」

 そんなことを言ってもgoldheadさん、あなたの召使いなんてどこもいやしません。せいぜい瑞巌の彦和尚のように、自分のことを主人公とでも読んでお暮らしなさい。上ばかり見ていると、足もとの穴にうっかり落ちてしまいますよ。

瑞巌彦和尚、毎日自喚主人公、復自応諾。乃云、惺惺着。諾。他時異日、莫受人瞞。諾諾。
『無門関』第十二則


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