ごみ袋一枚の重みを軽んじることなかれ

 
 浜松市で「レジ袋をゴミ袋として使うの禁止」、「レジ袋を内袋としてつかうのもやめてほしい」の話。この話について、ちょっと思ったことを。ちなみに、俺はプラスチックのリサイクル率や温暖化に関する数字、この事業によるコスト削減の金額とか、そのあたりはさっぱりわからん。わからんので、もし以下の内容が浜松市について批判的になるとすれば、「お前の言い方が気に入らない」、「お前のやり方が気に入らない」というレイヤー。どうなるかわからんが。あんまり考えないで書き始めるので、いつも。
 
 そんで、この話題、ネットでもそこそこ盛り上がる。べつにみんながみんな浜松の人ではないと思う。ただ、おそらく、みんながみんな、日常生活でレジ袋やゴミ袋を使ったりしてる。だからそれで、自分の生活が指されたような気になってイラッとくる。たぶん、そうなんじゃないかと思う。中には、この自治体があげた理論や数字に理屈で反論する人もいるだろう。でも、俺の想像では、まああんまりそういうところに根っことというか、熱はないと思う。燃えてるのはたぶん、ゴミ袋だ。日常の。
 
 で、あれだ、やっぱり俺が俺の生活の中で感じるのは、「レジ袋はゴミ袋」という当たり前の感覚。もちろん、この「当たり前」も住んでいる場所によって大きく違うのだろうが、まあ、横浜市中区で、独り暮らしのワンルームアパート住まい、その俺の感覚。だいたい、スーパーあおばのレジ袋なんて、きちんと半透明だし、ゴミ収集所見ても、そこらのスーパーの袋をよく目にするし。……と、不安になって横浜市のサイトを見ても、とくに言及はないし。

 それで、一応大きめのゴミ袋も買っている(プラゴミはかさばるのでこれを使う)けれども、だいたいゴミ箱に装着したりして使ったレジ袋でゴミ出しは事足りる。具体的にいえば、ちゃぶ台の近くにあるゴミ箱用に一袋、台所に引っかけてあるのでもう一袋。流しのネットに溜まった生ごみは、水を絞ってどっちか空きのある方に入れる。まあ、これが日常のルーチンというか、生活だ、生活。
 
 そこんところで、たとえばいきなり「内袋禁止ね」と言われると、さてどうしようかと困る。だいたい、ゴミ箱の内側だってあんまり汚したくないし、噛み終えたガムとかひっついたら嫌だし、台所の引き出しに引っかけるのにレジ袋のサイズがちょうどよいし……と、そういうのが思い浮かぶ。「だったらお前、ゴミ箱汚れたらゴミ箱よこせ」とか、そういう気になる。なんかこう、生活に、生活感に上からなんか押しつけられたような気になる。環境保護、知るか、みたいな。

 それでまあ、浜松なら浜松の人が、嫌々、むかつきながらレジ袋をゴミ袋にしなくなって、なんかの数字なら数字が出たところで、それは成功なの? みてえな。なんだろう、まだ、「財源が足りないからゴミ袋有料化」の方がわかるというか、そんだったらゴミ削減しようみたいな、そういう気になって、それでもまだなんかマイナスを埋めあわせるプラスだけど、本来もっと、プラス志向でやった方がいいんじゃねえの? みたいな。

今まで、ごみ袋として有効に使い回していたレジ袋が使えない、無駄になってしまうと考えるのではなく、そもそもレジ袋をなくしていこうというのがレジ袋削減の考え方です。レジ袋の無料配布がなくなれば、内袋は確実に減ります。

http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/ward/nakaku/kouhou/100120/tokusyu.html

 そうおっしゃるなら、「そもそもレジ袋をなくしていこう」を徹底させていくというか、今もそういう取組をしているようだけれども、ほとんどの人が、生活の実感で、レジ袋いらねーやって思って、それからこの「禁止」やりゃあいい。

今では150を超える多くの店がマイバッグ・マイバスケット持参運動やレジ袋の有料化に取り組んでいます。もう、店や家でも取り組まないのは恥ずかしいことなのです。

http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/ward/nakaku/kouhou/100120/tokusyu.html

 それで俺、この「恥ずかしいことなのです」ってすげえ嫌だなって思ったの。なんかさ、嫌だなって。恥をおしつけるとか、そういう空気みてえな、そういうのはさ。これはすげえクソだし、こういう物言いに人が従うみてえな考え方というか、そこんところ嫌だなって。理屈なら理屈できちんと説明すればいいし、なんかメリットを感じさせてくれるならば、それで勝手にこっちは選択するしさ。

 あー、時間切れ。もっとその、なんかエコならエコでも、なんでもいいけれども、いい方に、ポジティブに、こう、やっていけねえの? 減点主義で目的達成して、そんなんで、なんかさーみてえな。ちょっとそのあたり、俺、なんか気になる。子育てでも、誉めた方がいいみてえな、そういうところが、この、こういうところにもあるんじゃねえのって、そんな風に思う。おしまい。