本当に調布に田園調布がないのか確かめに行く93.42kmの旅

 私と親しくしてくれている女は狛江の出身だ。このことがなければ、私は一生「狛江」を知らなかったかもしれない。「都下」という言葉を知ったのも、最近のことだ。
 先日、狛江の話になった。どんな流れだったか忘れてしまったが近隣の市区町村などの話になった。
調布市と狛江市じゃずいぶん感じが違うんじゃないですか?」と私。
「え、なんで?」と女。
「ほら、調布って、金持ちが住んでて高級なんじゃないですか?」
「え、調布って、飛田給、田舎パルコだよ」
「え? 星セント・ルイスだって言ってるじゃないですか、田園調布に家が建つ、と」
「……正気?」

 ……面白くもなんともない話だ。いっそのことネタであってほしい。いや、ネタなのである。ネタに違いないと思う。
 ただ、このときも。

たとえば、「田園調布に家が建つ」という漫才師のネタが、一つのキーワードとして何度も出てくる。俺はその漫才師が誰なのか知らなかった(星セント・ルイスらしい)が、「田園調布」という響きに何か特別なもの、別格の地名という印象を未だにぬぐいきれないでいる。

『東京漂流』藤原新也 - 関内関外日記(跡地)

 このときも。

田園暮らしを理想とするのは、紀元前の中国にもギリシアにも見られたという例が挙げられている。田舎暮らし志向は都市の成立と共にあった!

『トポフィリア 人間と環境』イーフー・トゥアン - 関内関外日記(跡地)

 頭の中には東京の西の方が思い描かれていた。武蔵野を切り開いて作った、理想の田園都市を。
 いや、誰が調布に田園調布がないなどと言い始めたのか。私には理解できない。私はこの目で確かめなくてはならない。きっと、そこに、きっと。

ひさびさに多摩川を越える


 二ヶ月か三ヶ月か、あるいはこの日記以上にクロスバイクを放棄していた私である。ゴールデンウィークがはじまり、64.28km走ったとはいえ、まだまだ不安も多い。多摩川を越えるのも久しぶりである。

 ここで女に電話をした。
 「おれおれ、おれだけど、今、狛江の近くに来てるんだけど、なんか見所ある?」
 「ない」
 ガチャツーツー。
 というのは嘘だが、話によれば今多摩川では無法バーベキューが盛んという。そのような様子はないかと言われたが、あいにく私のわたった橋には、河川敷の住人らしき男がアルミ缶を大きなハンマーで叩き潰す音しか聞こえなかった。多摩川アンダー・ザ・ブリッジ。

プチ・ソヴェート旅行記

 しかし、狛江市はそれ自体が見所ともいえる。なにせ、全国でも珍しい共産党市長の自治体なのである。いわば、私はソヴェートを訪問するアンドレ・ジイドのような気持ちを持たねばならない。いかに私が歓待されようが、人々が生き生きと人生を謳歌しているように見えようが、そこにユマニテは存在するのか? と。

 党は革命的火災報知器の推進を人民に周知させる。

 党は革命的ゴミの水切り五カ年計画により一層の躍進を人民に約束する。
 ……いや、普通の街であった。坂が少ないせいか、自転車屋が多いように感じた。また、自転車に乗っている人民も多く見かけられた。

調布

 国領の踏切は開いた瞬間に次の警告音が鳴り始めたので驚いた。私は鎌倉の出身で、湘南モノレールに踏切は存在しないのだ。
 そして私は、調布市に入る。

 鬼太郎と、なにかサッカーチームの街であった。商店街のいたるところに、『ゲゲゲの女房』のポスターが貼られている。水木しげる御大がそこかしこにいる。
 いるわけはない。ただ、私は女にこんな話しを聞いたことがある。彼女の友人が、調布の街で水木御大を見かけたことがあった。ファンだったので、声をかけた。そしてサインを貰おうと思った。が、あいにくふたりともペンも紙も持っていなかった。と、水木御大が「ちょっと待っていてください」とどこかに行ってしまった。立ち去るわけにもいかず待っていると、自宅からわざわざペンと色紙を持ってきてくれて、その場でサインしてくれたという。
 真偽はしらない。

 田舎パルコ、ないしは八百屋パルコ。東京にも、あったんだ。
 ※これを書いている人間はパルコという施設に足を立ち入れたことがありません。

約束された地、飛行機の地へ

 そして私は、調布飛行場を目指した。私は飛行機が好きだ。

 とはいえ、やっぱりでかい飛行機を間近に見ると、興奮する。飛んでいく飛行機を見て駆け出す美濃輪育久、普段からああいうところがある。「お、低く飛んでるぞ!」となったときのテンションは、ネコを見たときのテンションに近い。それがもう、間近、大井競馬場から見るのより近いのだから、それはもう。

空港へ - 関内関外日記(跡地)

 たとえがよくわからないが、私はそのような人間なのだ。
goldheadさん、秋の一都四県195kmクロスバイク日帰りの旅をする。 - 関内関外日記(跡地)
 また、たとえばこのとき間近に見たグライダーの姿は、一生忘れないだろう。
 そんな私が、近くに飛行場があると知れば、当然行ってみることになる。見学ができるのかどうかなどよくわからない。しかし、近くに行けば、低く飛ぶ、近くに見える飛行機が見られるかもしれない!

 と、思いきや公園が整備されていた。
2009.5.2 サイクリングの記録と反省(写真少なめ) - 関内関外日記(跡地)
 このときに訪れた厚木飛行場によく似ている。スポーツ公園であるところ、真新しいところ。あるいは、なにか一斉にそのような整備をしようということになったのだろうか。いや、しかし、あちらは米軍、こちらは民間だ。今は。
 しかしこのサイン、躯体は立派だが、表示面が寂しい。もう少しどうにかならなかったのか。作り直して上から貼ってやろうか。うそです、ごめんなさい。


 立派なサッカー練習場。あと、テニスコートと、野球関係など。すべて一元の運営なのかはよくわからないが。


 まだ新しいというか、作りかけのところもいくつかあった。修景池もこのような感じでシュールだ。奥には味の素スタジアムだったろうか、なにかそのような施設が見えた。


しかし、それはともかくとして、肝心の飛行機の姿が見えない。
 ところで、火気厳禁という言葉はよく目にするが、火気禁止というのは珍しいように思える。もっとも、厳禁と禁止ではあまり違いがなく、「火気厳禁」という四文字に見慣れているだけかもしれない。本来、火気の次に「火気をどうするのか(持ち込み? 使用?)という言葉が来て、それを禁止しますよ、厳禁ですよ、とならねばならんはずである。
 ……などと、つまらないことを考えるくらい、飛行機が飛んでこない。飛び立ちもしない。

 なにやら遠くセスナは見えるのだが(今、この写真を見たら、乗客? みたいな人の姿が写ってるな)。

 そんなわけで、失意のまま滑走路のよこにぶっ通ってる公園北地区への道をとぼとぼ自転車で歩いたりする。
 が、そこに、かすかに聞こえるプロペラ機の音。よーく目をこらすと、向こうに、低めに飛んでいる機体が見えた。あれが、来るのか? 左旋回して……来た!

 飛行機!

 着陸!
 なんかテンション上った。ドキドキする。というか、滑走路に近いこちら側には見学用と思しき丘が作られていたりいるではないか。飯をサッカー練習場の前のベンチでとったのは間違いだった。
 そして、さらにもう一機。そのとき俺は、滑走路の横ではなく、なんというのか、底の方にいた。着陸機が真上を通り過ぎていく位置関係。カメラを構えて待つ。
 と、来た! 大きい! 大きすぎる! なんだこれは! と、真下からシャッター押せない。振り返ってなんとか撮る。

 いやはや、さっきのがドキドキなら、こっちはドキドキドキである。
 

 着陸直後にエンジン音が一層大きくなる。ちょっと検索してみたら、プロペラの角度を変えて逆推進させているようだ。



 ちなみに、見物客はけっこういる。近所からいつも見に来ているような人もいれば、でかい一眼を持っている人もいる。近所からいつも来ているであろう子供は、まったく興味を示さない。というか、おそらく、この轟音、近所迷惑なんじゃないだろうか。プロペラ機はあんがい音が大きい。これは知らなかったことである。

掩体壕


 ここは昔、日本軍の基地だった。園内で保存されている掩体壕を二つ見た。爆撃から飛行機を守るためのものである。ここでおもに壕に入れられていた機体は、三式戦飛燕。
 掩体壕はかなり背が低く感じた。いまいち戦闘機のサイズが想像出来ない。

さらば、調布飛行場



 飛行機はいつまでも見ていたい。しかし、帰らなければならない。ひさびさの遠乗りで、帰り道も万全という気はしないからだ。いつか、朝早くから飛行機を見るためだけの、そんな計画を立てて。

 凧あげとラジコンはしないし。……なんとなくここでラジコンを飛ばしてみたいという心情はわからないでもないが。



 ところで、道一本挟んでJAXAの施設があって。これはもう、いざとなったら(異星人の襲来など)、極秘開発された試験機が出てきて、調布基地から飛び立つ(飛鳥のSTOL技術が生かされているので、滑走路が短くても大丈夫)のだろう、などと妄想せざるをえない。……いや、妄想しなくても、実際に飛ばしたりしてるからここにあるんだけど。
 ただ、自分の中で飛行機とSFは密接な関係にある。それだけは確かだし、この調布飛行場はその雰囲気がある。

帰路プリントアウト

 帰り道はさくさく帰ることにした。と、書き忘れたが、行きはGoogle先生の経路選択「徒歩」で北上していった。徒歩だけに細い道も通ったが、まったり走るつもりだったのでそれは問題はない。ただ、いきなり神社のようなところに誘導され、「コノ神社ノ階段ヲ登リ山ヲ越エテクダサイ」ときたものである(アホのコンピュータなのでカタカナでしゃべる……イメージ)。そういえば、山手の当たりですら「米軍住宅内ノ通路、ナゼトオラナイ」とか言ってたくらいなのだ。
 で、行き当たったのが多摩川沿い。ここからサクっと橋をわたって……でも、川沿いに川崎に出た方が、馴染みの第二京浜に出られるか、などと。というか、サイクリングコースだ、少し走ろうなどと思う。

 が、これ、多摩川沿いなのだから多摩川サイクリングロード、通称多摩サイ。となると、あの自民党総裁ですら大怪我を負った難所である。たしかに人で混み合っている。そのうえ、私が一般道から登ってみたところは、すぐに砂利道。砂利道は越えてみたが、面倒なので一般道に降りて帰った。でも、川崎の方で、一般道の方で狭すぎる上にダンプとかの多いところがあったので、ちょっと乗って逃げた。けっきょく、どちらも危ないという気がした。ただ、ダンプを後ろにつっかえさせるよりは、じいさんのママチャリ速度でこぐ分には、サイクリングロードの方がマシかと思う。

 この日見た、唯一の釣り人。



 あと、バーベキューのにぎわいも見たのだった。ここが禁止されている場所かどうかは知らない。救急車を二度見た。また、警察官が違法駐車の取り締まりをしているのも。なんとなく、トラブルになっているっぽいというところは伝わってきたが、さて。
 
 ……さて、ところで、当初の目的は……、まあ、いいや、どうでも。田園調布はみんなの心のなかにある。あと、今度は神代植物園にも行きたいと思った。おしまい。