官能相撲大全

 はじめは小さな変化だった。夏場所初日のことである。ときの横綱、S青龍が胸にテーピングをして土俵に登ったのだ。誰も気にかけはしなかった。力士に大なり小なりの怪我はつきものだったからだ。
 二日目、そして三日目と、S青龍は胸にテーピングをして出場した。そして、ようやく誰かがふと気づいた。「あれは絆創膏じゃないのか?」と。横綱が、胸に、正確に言えば乳首に絆創膏をつけている。
 四日目、五日目。だんだんと気にしはじめる人が出てきた。相撲中継のアナウンサーも「擦過傷でしょうか、胸にテーピングをしているようです」と伝えた。ここまでS朝龍、五連勝。
 六日目、七日目。ついにT京スポーツが「S青龍、過激SM風俗で怪我?」という記事を掲載。しだいに人々の耳目を集めるようになってくる。しかしS青龍、順調に連勝。
 とはいえ、ここまでくると、相撲マスコミも黙殺するわけにはいかなくなってきた。ついに取組後のインタビューでこう切り出した。「その絆創膏はどうなされたんですか?」と。
 するとS青龍、胸をかばいながら、「キャッ!」と言ったのだ。ときの横綱が、「キャッ!」と、頬をバラ色に染めて。これに対し、もう周りは誰も、何も言えない。
 八日目、九日目。中日を越えて無敗はS青龍。相変わらず乳首に絆創膏。そしてまた、ひとつの変化が起きた。
 九日目のインタビューでのことである。「見事な立ち会いでしたね」とインタビュアー。それに対してS青龍、こう答えた。
 「SUMOのSは《甘酸っぱい思い出》のSです」と。
 十日目に、すべての答えは出た。すべての力士が、その右乳首に、左乳首に、それぞれ絆創膏を貼って現れたのである。
 このようにして、この国の相撲取りはかならず乳首に絆創膏を貼るようになった。この国の相撲の歴史は長く、またこれからも長く、そして力士たちは絆創膏を貼り続ける。とこしえに、とこしえに。