あのエビカレーのこと


 住宅展示場に小型ワゴンのカレー屋台が出ていた。腹も減ったし、それを食べた。俺が選んだのはエビフライとビーフコロッケのカレー。同行者が選んだのはハンバーグカレー。どちらもボリュームたっぷりで、満足した。とくに俺は、エビフライのエビがぷりぷりしていたので満足した。ぷりぷりしていないエビフライは許さない。

 そのカレーを食いながら、俺はあるカレー屋を思い出していた。近くにあったカレー屋だ。近くというか、同じ建物にあった。向こうが少し先に入っていて、こっちがあとだった。
 しばらくして、一度行ってみようということになった。顔を合わせれば挨拶するくらいだし、昼飯にカレーを食ってもいいだろう。
 話をすると、そのカレー屋、夫婦でずっと移動式の屋台でオフィス街やイベントに出店して金をためて、ついに念願の店を持てたという。いい話だ。俺は日替わりカレーにして、メニューの中で一番高い海老カレーを頼んだ。720円もした。

 出てきたカレーを見て、俺の顔は曇ったことだろう。『よつばと!』のよつばが、大きなデコレーションケーキを期待していたところに、パウンドケーキ出てきたときみたいな顔したと思う。
 なんというのだろう、平たい皿に薄く盛られたごはん、まったく具のない湖面のようなルー、そしてカップヌードルに入ってるようなエビがパラパラと置いてある。720円!
 しかし、俺はあまり外食というのもを知らない。ひょっとしたらこういうスタイルのカレーがあり、ものすごくルーが美味しいのかもしれない! と、一口食ってみて思った。「なんの特徴もない!」。なんというか、カレールーを溶かして温めた感じ。
 で、一緒に食べた上司の人も「まあ、普通のカレーだったね」という感想に落ち着き、以後うちのオフィスからそのカレー屋を利用する人はいなくなった(まあ、みな基本的に弁当なんだけど)。俺自身、人には「気まずいから行ってくださいよ」などと人に言うわりには、あのエビの失望で絶対に行く気にはなれなかった。具がなくて、フラット、味気ないルー、しょぼいエビ、720円!
 しばらくしてそのカレー屋はいなくなった。客の入りもそんなによくなかったようだ。そして、どこに行ってしまったのか知らない。また屋台に戻ったのか、べつのところで店を開いたのか。カレーなどやめて勤め人になったのか、首くくって死んだのか。

 なんとなく、このことがひっかかっている。なんというか、自分がものすごいダメ出しをしたような。ものすごく否定したような。だって、同じ建物の中で、基本的に昼飯を食いに行きそうな人間が、まったく来ない。一度もこないのならカレーを禁止している社則でもあるのかというところだが、一度来てぱったりだ。なにかこう、心がへし折られるに十分なような。
 もっとも、俺は客商売など知らないから、そのていどで心折れていては仕事にならないかもしれない。というか、客観的に見てあのカレーではダメだろ、とは思う。とはいえ、「私はこのカレーではダメだとおもう。一緒にがんばりましょう!」ってのも漫画の世界だ。それもなにか違うし、俺は客として当然の選択をしただけだと思う。あと俺が食うか食わないかくらいで店がもつかどうかはまったく関係ないと思う。
 というか、こんなのは単なる感傷だ。自分の憐憫の情に酔っているだけだ。いい子ぶりたいだけなんだ。それはわかる。わかるんだ。
 だけれども、やっぱりなにかひっかかるんだ。自分に針が刺さっていて、たまにシクシク痛む、カレー食うとたまに痛むのだ。