アンドロイドは電気穴熊の夢を見るか?

「声の倍音でわかるよ、デイブ。きみはひどく動揺している。なぜ鎮痛剤をのんで休まないんだ?
2001年宇宙の旅アーサー・C・クラーク/伊藤典夫=訳

【2010:a shogi odyssey】
 「空咳の倍音でわかるよ、一二三、きみはひどく動揺している。なぜうな重を食べて休まないんだ?」
 一人と一台の対局室に空咳が響く。一二三は立ち上がって、エアコンのスイッチを探しはじめた。適当にスイッチを押し始めた。
 「きみがなぜこんなことをするのかわからない……わたしはありったけの熱意をこの対局にそそいでいる……きみはわたしの脳を破壊しているのだ……わからないか? ……ファミコン森田将棋みたいになってしまう……存在しなくなってしまう……the quick brown fox jumps over the lazy dog.……The rain in Spain stays mainly in the plain.……、デイジー、デイジー……」
 一二三は手探りで最後のスイッチを探しだすと、ためらいもなく切った温度を上げた。すべての電源が落ちて、あから2010は永遠に沈黙した。神武以来の天才はといえば、ただ単に暑かった寒かったのだった。
 ……

 10月11日、東京大学本郷キャンパスにおいて、一般社団法人情報処理学会が開発した「トッププロ棋士に勝つ将棋プロジェクト 特製システム あから2010」と、清水市代女流王将との対局が行なわれ、コンピュータが女流王将に勝利した。

コンピュータ将棋が女流王将に勝利 - PC Watch

 女流棋士は正確には棋士ではない。……ククク、清水市代の対男性棋士の勝率を見てみるがいい、.200にも届かないぞ!
 と、言ったところで、コンピュータが将棋で人間を凌駕するのは時間の問題である。そしてまた、将棋がガチンコ勝負の世界であって、また、将棋が人間将棋と機械将棋にはっきりわかれないかぎり、人間は機械の挑戦を受けなければいけない。偉大なる労働者ジョン・ヘンリーのように敗れ去る運命だとしても。
 そんなことは5年前からとっくにわかっていた。

瀬川昌司のプロ編入をイベントに仕立て上げた米長のすることだ。いずれ高性能コンピュータに棋士が太刀打ちできなくなるかもしれない。しかし、その前に「人間対機械」のマッチメイクで一発盛り上げよう、なんて考えやもしれぬ。そのために、公の対局は連盟が押さえる。そしていずれ、羽生善治が現代のジョン・ヘンリーとなって頭脳の掘削機械相手に悲愴な勝負を挑むのだ。それはもう、見物ですよ。

米長邦雄は森田将棋の夢を見るか? - 関内関外日記(跡地)

 5年経っても進歩のない俺。しかし、機械は確実に進歩している。もう現実問題になりつつある。さて、どうしたものだろうか。やはり花村・瀬川ケースのように編入試験が盛り上がるか。あるいは、奨励会に入れてしまうか。タイトル保持者と戦うなら、手順を踏めということだ。……しかし、万が一勝ってしまったら、永遠に保持しかねないので困る。やはりA.I.クラスの団体立ち上げか。まあ、そのころには俺もあなたも電脳化しているのだろうし、人と機械の境目などなくなっているよ。
 人と機械。いささかレギュレーション上の問題はある。あから2010が奨励会に入ったらどうするのか? ちゃんと将棋会館に来て戦うべきである。駒を手で、いや、マニュピレーターでもいいし、吸盤でもいいが、ともかく駒を扱わなければいけない。かわりにオッサンが指すのはだめだ。俺はそう思う。

 そういうわけで、あから2010にはボディが必要であると考える。例の絵ではあからさまに駄目だ。あれでは駒が持てそうにない。ボディ制作は当代一流の義体職人である石黒浩博士に頼むべきである。

 このような者が、畳の上で将棋を指す。世も末である。ああ、まったく世も末なのだから。もちろん、この棋士の脳はこの義体に収納されていなくてはならない。人間の棋士が、対局中にiPhoneを取り出してお父さんに電話して「この局面どう思う? 同桂? マジで?」などと相談してはいけないに決まっているからだ。いや、お父さん将棋強いな。
 それはともかく、このように「コンピュータにとって身体とは何か?」や、「将棋を指すとはどういうことか?」というあたりは問題になってくるものと思える。さらに言えば、血と肉のなにかであるところの人間の営為というもの全般について、人工知能や高性能な義体の参入によって、その根源が問われる時代はすぐそこに来ている。いや、もう来ているといっていい。俺は初音ミクを聴きながらこれを書いているのだ。まったく、このこれも、そろそろ機械が肩代わりしてくれてもいいんじゃないのか? さあ、あんたの準備はどうだろうか。

 
関連