日本仏教最大トーナメント開催! ~法然対明恵~

全選手入場!!

超一流伝戒師の超一流の伝道だ! 生で拝んでオドロキやがれッ
日本律宗の開祖、鑑真だ!

空海は今も生きている!
日本仏教最大のスター、弘法大師空海だ!

台密は俺が完成させた!
入唐求法巡礼1000km! 慈覚大師・円仁!

特に理由はないッ 三蔵が強いのは当たりまえ!
憲宗にはナイショだ! 三蔵法師・霊仙が来てくれたー!

ZENを西洋に広めたのはこのわしじゃ!
世界のD.T.Suzukiこと鈴木大拙だー!

空海対策は完璧だ!
天台宗開祖、伝教法師・最澄

真言亡国、禅天魔、念仏無間、律国賊! disならこの人を外せない!
超A級喧嘩師・日蓮だ!

不死ですらない、不生なのだ!
一切は不生でととのっている! 大宝正眼国師盤珪だ!

自ら狂雲と号して狂客ならず! 屏風から虎が出てきた!
天皇のご落胤にして虚堂七世孫・一休宗純だ!

たりきには じりきもなし たりきもなし ただ いちめんの たりきなり
妙好人・浅原才市だ!

只今活きて、自由に死ぬことを仕習うべし!
二王禅の鈴木正三!

禅僧の仕事はどーしたッ 袖裏の手まり値千金!
大愚・良寛だ!

専修念仏は私が完成させた!
南無阿弥陀仏、浄土宗開祖、法然だ!

只管打坐を知らしめたい!
日本曹洞宗開祖、道元

仏教は市井にあってナンボのもん!
遊行上人、一遍だ!

弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり!
非僧非俗、愚禿・親鸞だ!

山中で磨いた「あるべきようは」は僧の実践生活!
華厳中興の祖、栂尾の明恵上人だ!

加えて負傷者発生に備え超豪華なリザーバーを4名御用意致しました!
真言宗中興の祖、覚鑁! 尖り頭は霊骸の印、円珍! 七朝帝師、夢窓疎石! 臨済宗中興の祖、白隠

 ……などと勢いで書いてしまったが、書き足りぬことというか、大間違いじゃないかというところもあるというか、ようわからんで書いているのは言うまでもないので、まあどうでもいいや。隠元とか、まあ、いいや、知らね。
 というわけで、『グラップラー宗鳳』仏教最大トーナメント編の第一回戦はこれ。

法然対明恵 (講談社選書メチエ)

法然対明恵 (講談社選書メチエ)

 法然明恵、これである。吉本隆明鈴木大拙経由で親鸞浄土真宗についていくらかは読んだが、法然となるとよく知らん。明恵上人といえば夢の記録を残したことでも知られるが、それを読む前にと『明恵上人伝記』をいくらか読んで読みきったかどうか、というくらい。
 で、この本は気になっていて、図書館にあったので借りた。ここのところ仏教本はあまり読んでいなかったが、大河ドラマ平清盛』なんかの時代かなどとも思い。そしてまた、なんとなく浮世離れ系の明恵と、教団作ったような法然でどんな対決が? と。
 と、この試合は、明恵から法然に仕掛けたものだった。『摧邪輪』いうの書いて、専修念仏批判したというわけ。でも、年齢差あって、そんとき法然はもう晩年だか死んでただか、と。で、その世代差というのも重要で、ともに出自や幼少期の経験はそっくりだけど、法然のころは世の中が一番乱れに乱れ、災害なんかもあってマジ地獄状態だったと。そこで、いつどんな死に方もするかもわからん衆生を見ていて、恵心僧都の『往生要集』じゃ間に合わないぜって。それで南無阿弥陀仏で極楽浄土よと、まあそういう具合。これを著者は「死の座標軸」みたいに言う。 
 で、一方の明恵は、やや時代が落ち着いていたころの世代。そんで、本人のやや過剰な性格もあって、僧の「あるべきようは」っつーことで、戒律をかたくなに守って、そんでもってわりと山に引きこもる系なんだけど、みたいな。仏教の根っこのところはインドであって、上座部仏教じゃねえけど、そういうもんだと。菩提心超重要、と。そんで、ともかく学問と瞑想に励んで釈迦に近づくべきなのに、そんなんは「雑行」とまで言う念仏オンリー連中は「畜生の如し」とまで言い切る。これを著者は「生の座標軸」とする。
 そんで、この生と死の、あるいは自力と他力とでも言うべき価値観みてえのが、日本仏教史というか、あるいは宗教観みてえなところで両極にある、みたいなことを言う。
 なるほど、そうかもしらん。たとえば、正三なんかは体育会系というか武士系というかハイテンション系というか、そんなんであって、生の評価軸か、というような。と、思いきや、こんなこと言ってたりする。

見解などということも、さして用にたたぬものなり。毒薬変じて薬となるがごとく、薬変じて毒となり、結局怨(あだ)になること多かるべし。見解よりも、ただ勇猛の心をもって練りつけて行くがよきなり。古歌に、悟りとは悟らで悟りなり悟る悟りは夢の悟りぞ、とあり。誠に悟る悟りはあぶないことぞ。我も悟らぬ悟りが好きなり。法然などの念仏往生も悟らぬ悟りなり。

 とか『驢鞍橋』で言ってたり。もっとも、これについて秋月龍みんは、正三のそれは「沈み込んだ他力念仏」ではなく「活きた機ではたらく「浮む」心の念仏、大自力の念仏だとか言ってたりして。まあでも、なんか、公案一辺倒に対するアンチテーゼとか、盤珪とかもそうだけど、仏教も細かい宗教改革みたいなのを繰り返してきたのだろうな、などとも。
 とはいえ、なんかダイナミックさは失われちゃってるよねって、町田宗鳳さんは言うわけで。

 新仏教の開拓者は思想的貢献もしたが、罪も犯した。念仏や禅に仏教の精髄を凝縮させたのはよかったが、そのことによって、統合的な仏教のコスモロジーを細かく分割してしまったからである。仏教は、非常に神秘的なものから科学的なものまで、さまざまな要素を包合しているのだが、その中にある一点にだけ焦点を当てて、これが仏教だというのは、卑近な喩え方をすれば、外国人に寿司なり天ぷらなどを与えて、これが日本料理のすべてであるというのに似ている。

 そんで、法然明恵にしても神秘体験や奇跡を起こすようなエピソードがあって、両者ともその身をもって、そしてイメージをもってある点にたどり着いたのだと。で、なんつーか、コスモロジーとかそのあたりとかのスケールでかさでいったら、あれか、空海か? みたいに思ったら、直後にその名が出てきて、やっぱりかみたいに思ったり。なんかこう、松岡正剛空海の夢』から仏教関係の本読み始めて、何冊か空海がらみの本読むと、だいたい、近代に入ってから、西洋キリスト教と思想的に比較しやすい浄土真宗とかばかり研究されて、密教なんて呪いみたいなもんだと軽視されたけど、実は空海すげえんだぜ、みたいな、再評価すべきだぜ、みたいな言い回しが多いんだよね。たぶん、そのあたりは、仏教に関わる人間にとっての、ある程度共通する問題意識かもしらんが、わからん。わからんし、本だけ読んで坐禅ひとつしない俺には関係ない感じもする。
 ただあれだ、なんか仏教すげえよなってあたりは、俺が適当にいろんな開祖級の話をいろいろと読んでいて思うところであって、だれか一人だったらどこまで、みてえなのもある。鈴木大拙読んでいて面白いのも、西洋的なものの見方、考え方を持ち合わせているってのもあるが、仏教でもホームグラウンドの禅ばかりでなく、浄土真宗やその妙好人のありように、宗派を超えたなにかを見出そうとしてるところであってさ。まあなんか、俺は僧侶でも在家信者でもないんで、外野からなんともいえんが、「統合型仏教への回帰」みたいのは面白そうに思う。それこそ、最大トーナメントでもやってくれたらわかりやすい。いや、どうやってやんだかしらんが、でも、この本でも仮想試合展開に1ページくらい割いてるし、そんなんで。まあ、もちろん、良寛道元を心底尊敬していたり(それゆえに、道元が否定した歌や芸術にこその自分というものの挫折と、しかしそれでも尽きぬ云々とか、そういう話もあるみたいだし、いろいろあるわけっぽいけど)、たんに対決にはなんないけどな。あと、思いっきり折伏してやろうってのから、「他宗派なんてマジ無視しろ、自分の中だけ見てろ」みたいのまであるしな。後者のほうが仏教っぽいと思うし、結局宗派として残らなかった盤珪禅師の語録とかマジ好き。
 というわけで、仏教本はわりとエキサイティングだし、なんだかんだいって根っこはひとつだから重々帝網だか五色の糸だか結びあわせた眉毛だかでつながっていて、かなり面白いジャンルなので、わりと飽きずに楽しんでいきたいと思った。おしまい。

誤解された仏教 (講談社学術文庫)

誤解された仏教 (講談社学術文庫)

 ……とりあえずこれだろか? いや、これこそ禅寄りすぎるかしらん。
空海の夢

空海の夢

 ……松岡正剛はわりあい胡散臭い感じが好き。この本の「なんか空海すげー」感とかいい。
最後の親鸞 (ちくま学芸文庫)

最後の親鸞 (ちくま学芸文庫)

「信」の構造〈1〉仏教論集成

「信」の構造〈1〉仏教論集成

 ……吉本隆明は仏教の外から仏教用語使わんと喋ってくれるのでわかりやすい(ような気になる)。
明恵上人伝記 (講談社学術文庫 526)

明恵上人伝記 (講談社学術文庫 526)

盤珪禅師語録 (岩波文庫 青 313-1)

盤珪禅師語録 (岩波文庫 青 313-1)

禅門の異流―盤珪・正三・良寛・一休 (筑摩叢書)

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妙好人

妙好人

日本的霊性 (岩波文庫)

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空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈上〉 (中公文庫)