『完全分析 独ソ戦史』(山崎雅弘)を読む

完全分析 独ソ戦史―死闘1416日の全貌 (学研M文庫)

完全分析 独ソ戦史―死闘1416日の全貌 (学研M文庫)

●アドルフ・ガーラントの自伝と『北欧空戦史』を借りようしていたところで、ふと目に入ってきて「そういや基本的なこと知らねえや」って思って手にとった一冊。結論からいえば、まったく自分の目的にかなったものであるし、Amazonのレビューで軍事に詳しそうな人が語っているとおりのものだった。よくわからないが、目新しい箇所があるとすれば開戦直前直後のスターリンの動きや、ヒトラーのクルスク攻勢へのこだわりが、対トルコあたりの政治的目的だったんじゃないかという推測あたりらしい。
●それで、ガーッと読んでみて、なんというかおれは将棋の棋譜というか一局の解説書を読んでいるような気にすらなったのだった。まあ、実際のこの戦争だって兵棋演習でシミュレートした上でやっているのだし、大局を見ればまさしく将棋のようなものに見えてしまうのだろう。出てくる軍人の階級といえば元帥だの上級大将だのであり、また、単位といえば方面軍だの軍集団だのであって、このところの軍事趣味のもとになった『私兵特攻』、末端の兵士たちの個々の生い立ちや心境とはどれだけかけ離れていることであろう。とはいえ、どちらも戦争であって、人間のすることなのだけれども。
●しかしまあ、なんとなく空の戦い、エース・パイロットの話をこのたび3冊読んでいた(ルーッカネンさんとクノーケさんとシュペーテさんではややマイナーか?)けれども、大陸で行われる戦いの圧倒的な部分は歩兵というか、地上なのだなという印象を抱いた。むろん、ストゥーカの果たした役割や、ドイツが戦略爆撃を軽視してた(?)あたりとかも決して小さくないのだろうけれども。
●そしてまあ、やっぱりなんというか、輜重輸卒の大切さというか。ドイツもソ連もガーッと進行して進行して、弾切れ、燃料切れになって逆襲され、みたいなパターンを繰り返すこと。かといって、とくに人口やら工業力で劣るドイツは電撃戦で一気に、みてえな必要性もあったわけか。ソ連は軍需工場をモンゴルの方とかあちらこちらに分散させておいたのが奏効したらしい。
●成功体験や楽観のもたらす悲劇みたいなのとかな。
イタリア軍もいたけれどもあっという間に消えた。
●急にドイツの貴重な戦力としてSSの「ダス・ライヒ」師団だの「大ドイツ」師団だのが出てきて、なんとなくSSってもっと街の中にいたり、あるいは赤軍に派遣される党の人間(軍事委員・コミッサール)みたいなイメージだったので、とまどった。が、いまどきはウィキペディアで調べればなんとなくわかるから便利なものだ(wikipedia:武装親衛隊)。
●総統訓令第21号「バルバロッサの場合」(というの?)という当初計画で、モスクワを絶対に落とすのかどうかあたりが曖昧な見切り発車してたらしく、見切り発車で戦争始めるのは日本だけじゃねえんだな、とか思った。
ソ連フィンランドとの戦い(ソフィン戦争)で8万5千人くらい戦死者と25万人くらいの負傷者を出したらしい。まあ、ルーッカネンさんの本でフィンランドの奮闘と赤軍の弱さについてはいくらか。で、その赤軍の弱さの原因であるところのスターリンによる粛清について、以下のように具体的に数字が出ていた。ちょっと数字を横書きにさせてもらって引用する。

 5人中3人の元帥が、4人中3人の上級大将が、12人中12人の大将が、67人中60人の中将が、199人中133人の少将が、397人中221人の准将が、10人中10人の海軍大将が、15人中9人の海軍中将、弁明すら許されないまま処刑場で銃殺された。ソフィン戦争が開始されたのは、それからわずか半年後のことだった。

 とくに西欧的な価値観や軍事知識を得た人間を粛清していったというし、これじゃまあ、戦争できねえだろうな、みたいなところはある。
●そのわりに一度はガーッとやられたけど、やり返したあたりは国力というものでもあり、技術と練度の低さは頭数で補う、あたりのところだろうか。いや、練度も技術もやってるうちに上がっていったようだけれども。
●というわけで、wikipedia:ゲオルギー・ジューコフ元帥あたりの大活躍……といえるのかどうか。いや、祖国を守り切り、ドイツを敗北に追いやったのだから英雄だろうし、とてつもなく有能ではあったのだろう。ただしかし……といったところで、なんといっていいかわからない。ソ連という国家が存続してその人民は幸せだったの? けど、ナチス・ドイツに支配されていたよりマシじゃねえか。詮なき話だ。
●対するドイツの名将として出てくるのが[エーリッヒ・フォン・マンシュタイン]元帥。裏拳の使い手らしい。って、マンシュタインのバックハンドブローのバックハンドブローって裏拳のことでいいのかしら(英語圏でもManstein's Backhand Blowらしいが……って、そういう名前のウォーシミュレーション・ボードゲームがあるのか)。もしそうだとして、ボクシング(の反則技)からの喩えでいいのかどうかよくわからない。「後手からの一撃」という日本語が当てられているあたりもニュアンスが近いのだろうか。
ソ連のGRUの情報網はすごくすごいようだったな。
●しかし、ヒトラースターリンに挟まれて戦争する兵士はたまったもんじゃないよな。けど、なんというか、途中からスターリンの方が軍というか、有能なジューコフあたりに権限を譲ったりしたというか、ヒトラーに比べると軍事的にはマシな判断をしたんじゃないかというような印象。もっとも、ヒトラーヒトラーで同盟関係とかそのあたりの事情もあったし、みたいなところはあるようなのだけれども。
●ところで、ほら、あの、ヴァシリ・ザイツェフが主役の映画にも出てきたけど、やっぱり赤軍というと督戦隊というか、うわーって逃げると後ろから共産党員が撃ってくる印象があるんだけど、スターリンの「指令第227号」というのが出てきた。

方面軍司令部の許可を得ることなく、勝手な判断で指揮下の部隊に退却を許可した軍・軍団・師団の司令官は、即座に罷免して、軍事裁判に処する。臆病な者や逃亡の扇動者は、見つけ次第、即刻銃殺する。各軍に三〜五個中隊程度の規模で、優秀な兵士から成る『退却阻止分遣隊』を配置し、パニックに陥って逃亡しようとする将校や下士官兵を、武器を用いてでも鎮圧する。これ以上の退却は、祖国を破滅に導くことになるだろう。我々は今、退却を終わらせる時を迎えたのだ。一歩も退くな(ニ・シャグ・ナザード)!」

 最後のはエル・プサイ・コングルゥラ・ヨダソウ・スティアーナみたいなものだろうか。違うか。しかし、退却阻止分遣隊ってな。まあ、ドイツも似たようなもので、スターリングラードで包囲され中のwikipedia:フリードリヒ・パウルスを元帥に昇格させたのは、「ドイツの元帥は降伏しない=玉砕しろ」って意味だったらしい。

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●しかし、ナチス・ドイツで元帥レベルでかくあるべきというのを、末端兵士レベルにまで課していて、沖縄とかじゃ民間人まで巻き添えにした旧日本軍って……。
●読んでいて不思議と思い浮かんだのが、いしいひさいちの戦争ものだ。しょうもない司令部、それに翻弄されてやる気のない現場、珍妙な作戦……。どこかしら、実際の戦史を強烈に皮肉ってるものだと、ますますそう思うようになった。
[rakuten:book:11196651:detail]
鏡の国の戦争 (潮ビジュアル文庫)

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●最近ドストエフスキーの『悪霊』読んだけれども、「ウラー」言いながら突撃させられていたのは、あの作品の中でいえば農奴たちの子孫であったろうか。スターリンの国はピョートルのような人間が上に立っていたのだろうか。よくわからない、正直。
●最後に独ソ戦で失われた人命について。ドイツ軍は概算で1075万8000人、枢軸同盟国軍が95万5000人、ソ連軍が1128万5000人、さらに1500万の民間人が死に、これらすべてを戦争の日数で割ると、1日あたり2万7000人くらいになるという。いやはや、まったく、いやはや。

関連☆彡

この著者はコメート開発の指揮官やってたのに、急に東部戦線で人手不足だからって駆り出されて、また戻ってきたりしてたな。

この著者は西の方だっけ。

旧式の戦闘機でも練度の低いソ連機を落とせたのだから、東部戦線のルフトバッフェの一部エースがえらい数字たたき出しているのも当然か。