ラムレーズンと幻のきつね丼

 あれは少し前の肉体労働(もどき……とくにすごい力仕事をするでも、卓越した匠の技術を披露するでも、図面を描いたり読んだりするでもなく、似合わぬ作業服コスプレをした得体のしれないチンピラにしか見えなかったらしい)の帰り道だったか、たまにはアイスでも食うかという気になって、99%『ゆるゆり』の影響でラムレーズンを選んだ。100円ローソンでの話である。

 で、食う前にパッケージ読んだら、鎌倉レ・ザンジュで修行を積んで独立したパティシエが監修みたいなことが書いてあった。食ったらわりとうまかった。
 で、「レ・ザンジュ」。なんか聞いたことある。で、検索したら、西鎌倉に店があった。

 うわ、なにこのおしゃれ度。しらねー。こんなとこ行ったことねー。でも、なんかあれか、なんかのときとか、どっかへのお土産物とかで、親がなんか買ったりしてたか、してなかったか? おぼえてねー。でも聞き覚えはある。
 でもなんだろうね、この地図ね。いいね。農協、あるね。なんか農地見当たらないけど(御所の方に田んぼあるけど)。医院は柏木さんかね。でもって、西鎌倉駅の下のそば屋、これ、あのそば屋かね。
 ……って、たぶん、鎌倉にいたころ、一回しか行った覚えがないんだけど。おれは小学生だったか、中学生だったか、なんだかわからんが、一家四人で行った。だいたいロイホすかいらーく、あるいはみのり亭とかそのあたりのところ、なぜかその日はそば屋だった。平日か休日かも覚えていないけど、わりと遅めの時間、晩御飯だったとは思う。
 で、店のおばあさんが注文を取りに来て、皆なにかを頼み、おれも何かを頼んだ。が、その「何か」は今日はもう品切れだ、という。そして、おばあさんは次にこう言った、「きつね丼ならありますよ」と。
 「……きつね丼?」という空気が流れるわが一家。そして、なぜかわからぬが「そりゃおまえ謎のきつね丼いっとくべきだろ」的な無言の空気。それじゃあ行くしかないだろと思うおれ。「じゃあ、きつね丼で」。おばあさんは注文をメモして店の奥へ。
 と、しばらくするとその息子さんだろうか、店主が出てきて、「すみません、きつね丼というものはないのです」と言うではないか。なんだ、やっぱりないのか! おれは結局、またべつの何かを注文した。その「何か」もまったく覚えていないのは言うまでもない。
 しかし、いったいなんだったんだろう、きつね丼……と、もちろんこれを書いている時点で「きつね丼」をググっているわけで、なにか西の方にはそれがあるらしいというか、普通にレシピとかも出てくるというか。そして、わりとこれを調べられてしまうインターネットと、調べてしまう自分は好もしくないのだけれども、まあそういう時代なのだから仕方ない。
 ところで、冒頭のラムレーズンを監修したというパティシエの店は六地蔵のあたりにあるらしい。おしまい。