『ヘリオガバルス あるいは戴冠せるアナーキスト』を読む

ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト (白水Uブックス)

ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト (白水Uブックス)

 獣がおこなってすらやりきれぬ行為であるのに、自分の躰のあらゆる窪みを用いて淫蕩に耽る君主を誰が我慢できようか。
――ランプリディウス

 「あの本の右側のページにこれに関する話が載っていたはずだ」などと、読書中に思い立つことがある。
 思い立たないほうがいい。
 おれは結局、押入れに積み重ねられた本の下の方の一冊を抜き取ろうとして、大雪崩を起こしてしまう。その結果とっちらかった本を拾い集めながら「あ、この本読んでみたい」などとよくわからぬ思いにとらわれ(なにせおれがかつて買った本なのだから)、最初の話などどこかに行ってしまう。
 そんなわけで、ある大雪崩のときに「睡眠用に使えそうだ」という理由で枕元に引きずり上げたのがアントナン・アルトー/多田智満子訳『ヘリオガバルス あるいは戴冠せるアナーキスト』だった。ハードカバーを箱から抜き出してパラパラめくれば、バッシアヌス一族の話などしており、マイスリーを服用したあとのおれをさらに眠くしてくれそうだからだった。その効果は果たしてくれたといっていい。

 ヘリオガバルスについては……、そりゃもう中学生時分から澁澤の兄貴の本でよく知っていましたとも。幼年皇帝ヘリオガバルス。だから、あえて買っておいて読んでなかったのかもしれない。
 ただ、これを買った時に興味のなかったアナーキズムについて、いくらか興味を持っているのも事実だ。しかし、1章、2章ででアルトーが語るそれについて、なにやらようわからん気にさせられたのも確かだ。5mgなり10mgなりの入眠剤を飲んだあとに読んでいるせいもあるが、なにかこうピンとこない。

統一の感覚をもつ者は、事物の多様性の感覚、つまり、事物を還元し破壊するために通らなければならぬ微細な無数の相の感覚をそなえている。

事物の深い統一の感覚を持つことは、とりも直さずアナーキーの感覚、事物を還元しそれを統一に導いてゆくためになされる努力の感覚を持つことである。

すなわち、事物の気まぐれと多様性とを認めぬ全体の統一をアナーキーと私は呼ぶのである。

 が、ヘリオガバルス即位からを描いた3章でなにやら合点の行くところもあったような気がする。勘違いかもしれぬ。

 アナーキストは言う
  神も支配者もなし、我あるのみ。
 ひとたび王座につくや、ヘリオガバルスはいかなる法律も認めない。彼が支配者なのだ。彼個人に固有の掟が万人の掟なのだ。彼は専制政治を強行する。すべての専制君主とは、本質的には、王冠を戴いて世界を自分の威令に服させるアナーキストに他ならない。
 しかしながら、ヘリオガバルスアナーキーの中にはもう一つの思想がある。自らを神と信じ、己が神と一体化していたので、彼は人間の法律、それを通して間接的に神が語るような、不条理で突飛な人間の法律を創り出すという過ちは決して犯さない。彼は自分が奥義を授けられた神の法を遵法する。あれこれの行き過ぎや、些細な冗談を除けば、ヘリオガバルスが肉化した神としての視点、千年来の神の祭祀に則った神秘的な視点を決して放棄しなかったことは認識しなければならない。

 と、後半、神の話が出てくる。「法をつくる権利は、最初に生まれた者、宇宙秩序の中の最初に来たった者である女性に帰属する」とか言ってる。
 ……で、おれは冒頭の過ちを繰り返し、澁澤龍彦の本をあさって、雪崩を起こしたばかりだ。そして見つけたのは「陽物神譚」ではなく、『異端の肖像』の最後の章「デカダン少年皇帝」。ヘリオガバルスの戴冠と失墜こそが、皮肉なことに一神教、すなわちキリスト教支配の下地を作ったみたいなことを言ったりしている。
 あとはなんだ、アルトーの本のおまけ(?)としてついてる多田智満子の「シリアの公女たち」でも述べられているように、本書でもヘリオガバルスの母や祖母の存在感はすごい。息子を皇帝の座につけるために策をめぐらし、戦場では乳房をもあらわに槍を振るうその存在感、下手すれば少年皇帝をも食っている。彼女らが表舞台から姿を消すことで、シリアの母系方支配は姿を消し、エメサの太陽神は二度とローマには登らなかったとか言ってる。よくわからんがまあそうことらしい。
 あと、解説の巖谷國士によれば、本書のちょっとようわからんような内容、小説なのかなんなのかというものは、アルトーが自らの人生をヘリオガバルスのそれになぞらえた舞台芸術のようななんたらとか言ってて、そんなら先にそっち読んどけばよかったとか思った。おしまい。
 あ、あと、でもって、おれはぜんぜん多田智満子を読んだことがなかったので、これから当たってみようかなどと考えている。図書館では雪崩を起こす心配もない。よくも悪くも。

>゜))彡>゜))彡

異端の肖像 (河出文庫)

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澁澤龍彦初期小説集 (河出文庫)

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