『中濱鐵 隠された大逆罪』を読む


中濱鐵隠された大逆罪―ギロチン社事件未公開公判陳述・獄中詩篇

中濱鐵隠された大逆罪―ギロチン社事件未公開公判陳述・獄中詩篇

『鐵君!』と呼ばるれば
『何んだ?大さん』と答へる
『……………………』
『大さん!』と呼べば
『何んだい?鐵君!』と――
『……………………』
縦令言外の意味が他の誰にも
皆目解らなかつたにせよ!
兩人の間ではそれで充分だつたね!
何時もそれ以上語る必要はなかつたね!
夫れ以上語る言葉を俺たちは何も持ち合さなかつたね!
君の『イエス』は俺の『イエス
俺の『ノウ』は君の『ノウ』――
同志よ!これ以上の信があるなら見せてくれ!
これ以上の愛があるなら聞かせてくれ!
俺達は『信』の兄弟だった!
俺達は『眞』の愛人同志だったのだ!
中濱鐵「いざ往かん焉!」――大さんに贐る――より抜粋

 古田大次郎『死の懺悔』に続いて、彼にとって最高の同志であり友人であるところの中濱鐵の本を読もうと思った。で、手にとってみたのだけれども、まあほかに借りられる中濱鐵の本はなかったといっていい。副題「ギロチン社事件未公開公判陳述・獄中詩篇」。

藤澤の町を散歩した『鐵』の足は遊郭へ向いた
『大さん』の足は遊行寺へ向いた
江の島の洞窟は両人共好きだった
蝋燭が燃え盡きた
案内人が引返して迎へに來るまで二人は闇の中に凝乎と瞳を痼らした
中濱鐵「(一)何處へ行く?」より抜粋

 して、詩篇(もっと読みたいね)よりも公判記録の写し……長い時を経て発見された、「隠された大逆事件」の公判記録の方に分量がある。
 その写しというものが、筆写二次資料とやらで、さらにその元の元が供述を書き留めた書記官の速記のようなもので、しかもそれを忠実に流し込んでいるのだから、まったくはじめは面食らった。句読点はもとより、濁点が抜けたりもしている。が、しかし、さればこその生々しさもあり、中濱の語りというものにぐいぐい引き込まれるようなところがあって、こういってはなんだがずいぶん興味深く読めた。まあ、いくらかはこの時代の日本のアナーキストの名前くらいは知っているし、江口渙の家が鵠沼で知ってる地名など出てくるし。それで、「中濱鐵の故郷の村は昔、高杉晋作奇兵隊に焼かれたのか!」(藩主が佐幕派だったから)とか、「わざわざ村の悪い金貸しからペンネームを作ったのか!」とか、もうまるで自分がいったいなにが面白いのかわからないとちてもいいのだが、まあそんな感じなのだけれども。

 中浜の中は自分の家の屋号なる中津屋の中を取ったもので、浜という字はかの暴虐なる資本家中津屋の中を取ったものでありまして、中津屋の中が浜市屋の浜を下に押さえつけ、これを締めるに黒金の鐵をもってしたのであります。そして自分は人から中濱鐵と呼ばれるごとに、なあに糞ッというように何時も自分の反逆の精神をムラムラと燃え立たせていたのであります。

 ……って、引用記法使ってるけど、実際はオールカタカナなのをちょっと読みやすく、というか、打ちやすくしちゃったものなのでご海容を。そんでまあ、話は戻るが、宮崎滔天(今度評伝読もう)の世話になっていたとか、「支那の革命を見に行って来ようという気になり、そこで父の金二百円を盗み出して」上海に行ったのかよ! とか……って九州の人間には京阪神や東京より「恰も隣へ行く行く位」、という距離感なんかは俺にはわからん。というか、爆弾調達に京城に行ったり、なんというか、大日本帝国のアジア侵出ともおおいに重なるところもあるのだろうが(金子文子にしたって朝鮮育ちだし、というかおれの母方の祖母も満州生まれ満州育ちだった)、当時の人の世界地図感とかいろいろ想像するところもある。というか、おれの地図が狭すぎるのか……。
 まあいい。思想面についてはこう述べている。しばし放浪ののち故郷に久しぶりに帰り、老いた父母を見て家業を継ごうかどうか考えたときのことだ。あ、またひらがなにしたり、勝手に句読点入れて、ちょっと読みやすくしてますので。すんません。

 かくて自分は考えさせられました。このまま家に留まりて家を継ぐべきか、あるいはまたこの家を捨てて自分の主義思想に殉ずべきか、ということに迷いましたが、しかし自分は当時死というものに非常に強い観念を抱くようになり、社会運動とか戦争のために財を失い、命を失いし遺族の生活が如何に惨めなものであるかということを思い、道徳などというものは逆倒だというような考えになりました。かくて自分はニヒリズムの哲学に這入って行ったのであります。そしてこれは一体どうすればよいか、死か、人間はどうせ死ぬべきものではないかということを考えさせられたのであります。社会運動だと言うても仕方がないではないか、どうせ人間は死ぬべきものなら、自ら死を撰ぶ即ち自殺するより外に方法がないではないかというように、自分はすっかり悲観論者になってしまいました。このニヒリズムによりて自分は死なねばならぬということを考えましたが、また、このニヒリズムには積極的なものもありて、それは他人を殺すことによりて自分もまた死ぬるというのでありまして、じぶんはまたそのような考え方もするようになりました。そこで、では何か大した者を打ち殺して自分も死ぬというような生活をしなければ嘘だというような、決定的な観念を持つに至ったのであります。

 うーん、句点なしのオールカタカナ旧字体の方が雰囲気があるな。まあいいや。で、マルクスレーニンクロポトキンの思想を少し述べてこう続ける。

……そんなことは皆理論に過ぎないのだ、自分は遣るべきことを遣らねばならぬ、と、こういう考えから自分はニヒリズムを排除してテロリズムを決行せんということを決心し、遂にまた家を飛び出しました。

 ……で、ニヒリズムとは純然な東洋思想であって、厭世観とその反対の楽観と享楽の二通りがあって、前者が老子で後者が釈迦だが、どちにせよ静寂主義にすぎない、みたいなことを言う。

……自分としてはただ悟ってしまっても仕方がない、どうせ死ぬなら人を殺して、その殺すことが社会のためになろうがなるまいがそんなことはどうでもよい、自分が人を殺すことによって自分を死なし、自分を解体せしむるテロリズムをやろうとしたのであります。

……それで自分は始めはニヒリズムの楽観享楽境に入り、それからそれをテロリズムとして行い、破壊暗殺によりて自分を死なして解体せしめようとしたのであって、自分が今日まで行い、また行わんとしたのは、そのニヒリズムによるテロリズムであったのであります。

 東洋思想云々のところはよくわからぬ。が、このあたりが虚無主義……なのかどうかわからんが、少なくとも存在した一人のニヒリストのありようといっていいだろう。「大さん」もそうだとすれば、同行二人か。しかし、なにかこう、一人一殺、一殺多生のお隣さんのようだが、「その殺すことが社会のためになろうがなるまいがそんなことはどうでもよい」と言い切るところが、またなにか違う。『歎異抄』の第十三条なども思い浮かぶ。が、あえて毒を食らう本願ぼこりの印象もない。自己解体とはなんだろうか。ただエゴイスティックなばかりではないのか、というとそう言ってもいいやもしれぬ。官憲的な目で「リャク」(恐喝・強盗)にだけ目をやれば、アプレゲール犯罪に近い印象があるといっていいかもしれない。
 が、しかし、あくまでここだけを抜き出して読めばのことだ。中濱鐵も古田大次郎も根底のところでやはり社会の不正を許せなかった。それを見落としては片手落ちもいいところだ。そして、その目下の所の大きな目的、「大さん」が和田久太郎らの福田暗殺計画に対して、自分たちにはもっと大きな目的、それがある。『死の懺悔』幻の三十三冊目にも記されていたであろう大逆!
 そうだ、この公判記録が、というか、この本の大きなテーマは「作った爆弾を江の島の弁天堂の洞窟に隠そうとしていたのか!」とか「蛇窪って平塚にあると思ってたら、おれの知ってる平塚じゃなくて東京にかつてあった地名なのか」とか、そういう話ではなく、東と西のそれぞれのギロチン社の裁判が「隠された大逆事件」であった、ということなのだった。そう、中濱は供述であきらかに「我国ノ主権者暗殺ト云フ事ヲ目的トシタノデアリマス」、「先ツ摂政ノ宮ナル皇太子ヲ遣付ケネハ為ラヌ」、「此息子ヲ頼ムト云フ事ハ自分ト古田トデナケレバ分ラヌノデアリマシテソレハ皇太子ヲ早ク暗殺シテ呉レト云フ事ナノデアリマス」とか言ってて、具体的な行動についても述べているわけだ。朴烈・金子文子(程度のこと)が大逆罪ならば、こちらもそうでなくてはおかしい。また、大逆でないのならば、当時の情況を鑑みても、あからさまに量刑が重すぎる。そこに、これ以上の大逆で社会を騒擾させることは得策ではない、という意思が働いたのではないかという……。また、この資料の存在、そして一次資料の存在など、司法の歴史にとってもいろいろと意味のあるもののようだ。
 が、なんといってもおれは司法などに明るくないのでようわからん。やはり興味が出てしまうのは彼らの生きてきたことのディテールだ。英国皇太子を暗殺しようとつけ回しているときに、道路工事の人夫に変装した警察官を見破った話とか……人夫がふと帽子をとったら警察官が制帽をかぶることでついてしまう「皮膚の筋」が見えたという……って、どんだけきつかったんだ当時の制帽。あと、この件は古田大次郎が「鐵さんにしかわからないが」と手記でほのめかしていたような。そしてまた、テロリストの悲しき友情か。

 古田ハ死刑ヲ執行サレル時特ニ乞フテ菊ヲ求メ其ノ菊ヲ持ツテ絞首台ニ上リ菊ヲ抱イテ死ンデ行ツタト云フ事デアリマス(此間被告誓ノ頬ニ涙数行下ル)時ハ方サニ秋デアリ何モ知ラヌ人達は此古田ノ態度ヲ詩人的ナ態度ダトシテ當時人々ハ之ヲ愛シタノデアリマセウガ此古田ガ菊ヲ持ツテ死ンデ行ツタト云フ事ニ付テノ眞ノ意味ヲ知ツテ居ルモノハ自分ノ外ニハ誰レモアリマセヌ
 菊トハ自分ト古田トノ間ノ暗号デアリマシテ菊ハ即チ皇室ノ紋デアリマス、目的ヲ遂ケ得ズシテ菊ヲ抱イテ死ンデ行ツタノデシタ

 ……菊は皇室の紋ゆえまかりならぬとなったという話を読んだような気もするが、まあいい。実際に起こらなかったことも歴史のうちだ……。

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