あの日飲んだノニの味を忘れない

 すばらしい『ストライクウィッチーズ』を愛するおれとしては、同監督が手がける新作『ビビッドレッド・オペレーション』をたいへんに楽しみにしている。ゆえに、いったいどんな作品になるのか、ラジオも欠かさずチェックしている次第である。
 が、このラジオときたら、佐倉綾音大坪由佳が何の罪もないはずなのに何らかの罰ゲームを受けるばかりであって、話題の9割はノニとクエ釣りというまったくわけのわからない状態になっている。
 というわけで、おれはノニの話をする。あれはまだおれが小学校の後半だったろうか、それとも中学生のころだったろうか。まあどちらでもよろしい。ある晩の遅く、酔った父がノニ・ジュースの瓶を持ち帰ってきたのだった。父いわく、たまたま飲み屋で隣り合った男が「ノニは最高の健康食品や。わしはこれの輸入で大儲けするつもりや。社長、一つ乗ってみいへんか? とりあえず一本持って帰って飲んでみてくれ。本当は一本数万もするんやで!」というようなことだったらしい。
 というわけで、おれにとってノニ・ジュースというのは一本何万もする高級健康食品であって、決して罰ゲームに用いられるようなものという印象はないのである。試しに一口二口飲んだことはあったが、味など覚えていないのである。ただ、なにかドロッとした、ぶどうジュースを煮詰めたような色のなにかではあった。それは覚えている。
 で、父は健康食品マニアのようなところもあって、しばらくの間ノニ・ジュースの瓶は大切に冷蔵庫にしまわれていた。しかし、往々にして健康食品マニアなどというものは飽きっぽいものであって、「邪魔なんだけど高いらしいから気軽に飲めないし、捨てるに捨てられない」という厄介ものと化して……、結局捨てたのだろう。
 その後、父が飲み屋で出会ったノニのブローカーと接触を持ってノニの輸入をはじめたという話は聞かないし、一緒にクエを釣りに行く仲になったという話も聞かない。昭和の男の飲み屋というものは、おれにはちょっと想像がつかない。
 そういえば、父がいきなり見知らぬ女性の肖像画を持って帰ってきたこともあった。銀座かどこか、初めて入ったバーで飲んでいて、壁に掛かっていた店のママの若き日の肖像画を気に入り、「これはすばらしい、ぜひ譲ってくれ」と言ってせがみ、ついに譲ってもらったというのである。数日後、そのママさんから「あれは大切な思い出の品なので、送り返してもらえないか」という丁寧な手紙が来て、母が送り返したものと思う。ちなみに、その肖像画というのはモディリアーニかなにかをさらに暗くしたようなもので、母は「気持ち悪い」と一言で切って捨て、父も「酔っていたから覚えていないが、あらためて見るとこれは気持ち悪いな」などと言っていたものだった。おれはといえば、そこがどんな場か想像できないが、初見のバーのママの肖像画を褒めちぎって持って帰ってきてしまう父のコミュニケーション能力、あるいは酒の力というものに驚くばかりだったか。
 まあ、いずれにせよ、まだバブルの余韻もあって、わが家にも余裕のあるころの話だった。おれはついに父と酒を飲むことはなかったし、だいたい外で飲むことがあったとしても、チェーンの居酒屋くらいのものだし、その機会すらもはやない。せいぜいノニ・ジュースでも買って飲もうか。

 ……って、わりと高いじゃねえか。これだったらラフロイグでも買って部屋でちびちびやるよ、まったく。