寒い日に黒い日に/この世のすべての二年前

おれはまったく寒さにまいってしまって朝が来るのも辛いし日中も辛いし夜も辛い。家なし人のように厚着して、顔や首のあたりを100円ショップの防寒具で固めて仕事をして、仕事があるだけましだって言い聞かせながら、こんな寒いのはおかしいと思いながら。こんな寒いのはおかしいのは寒いのがおかしいのか、おれがおかしいのかおれにはよくわからないが、世の中が寒い寒いといいながら動いているのだからおかしいのはおれに違いない。家なし人のように厚着して眠り、底冷えするアパートの一室で目を覚まし、起きてシャワーを浴びる、その速度の遅いこと。おれは手袋をして自転車に乗る、強い風が吹いてイチョウの落葉がおそいかかってくる。おれはまったく寒さにまいるようになったのはいつの頃からか。二年前かもしれない。おれはおれのことについて、思い出せないことがあるとだいたい二年前ということにしている。おれがアニメを見始めるようになったのは? 二年前くらいです。日記を書き始めたのは? 二年前くらいです。図書館に通い始うようになったのは? 二年前くらいです。心療内科のお世話になるようになったのは? 二年前くらいです。寒さに弱くなったのは? 二年前くらいです。二年前のおれになにがあったのだろう。二年前のおれはどんな人間だったのだろう? 五年前と変わらないかもしれない。十年前のと変わらないかもしれない。ところでマチカネタンホイザが死んだ。訃報でノーザンテースト産駒の最多賞金獲得馬だと知った。おれが競馬を始めたのは、サンデーサイレンスが初年度産駒を出し始めた年だった。ノーザンテーストも死んだ。サンデーサイレンスも死んだ。いかなる名馬も死なないってことはない。なんの慰めもない。南アフリカの偽手話通訳者。彼がいかなる詐欺師か、あるは病気なのか、事情は知らぬが、あれこそが「今年の人物」ではないかと少なからず思っている。かれはオズワルドではなかったし、ジャック・ルビーでもなかった。サーハン・サーハンでもなかった。歓迎すべきことじゃないか。違うのか。違うのだろう。冬のおれはまったく寒さにまいってしまっている馬の骨以下。頭も働けば身体も動かない。身の回りのことも世界のことも政治のこともわからない。政治とはいったいなんなのだろうか。おれはよくわからない。ただ、おれのようなポンコツが、せめて世界に害をなすことなく、ひっそりと片隅で、こんな寒い日を過ごせていけるように、そうあるべきなにかであればと思う。そうすれば、寒い日は白い日になる。ただ、たぶん違うのだろうとおれは思う。もう見たいものは見てしまったし、乗りたい自転車にも乗ってしまった。カメラに興味はなくなってしまったし、心やすらな死ばかりが心に湧き上がっては消える。二年前くらいからそう思っている。