おまえの運命の支配者はだれか?

 おれは万引きばれ保安員にけが、逃走し体育教室で講師しようとしていたところ、奇妙な車にクラクションを鳴らされた。その車はメルセデス・ベンツML430で、後部が一段高くなっていて、透明のガラスに囲われている。その中の椅子に一人の白人のじいさんが座っていた。
 「なんだてめえ!」おれがと言うと、じいさん、「パウさん、ペテさん、やっておしまいなさい」とかぬかしやがる。そうすると、パウさんが、「おお、偉大にして無限の慈愛に溢れるPope emeritus、順番が違います!」と言う。
 あー、そう、という表情をしたじいさんは、うまくもない棒読みで、「わしはモンテ・カッシーノのしがないちりめん問屋の隠居でのう、一巡礼者として各地を……」とかカンペを読み始める。「おい、パウロ、ちりめんって何だ?」
 面倒くさくなったおれは「おまえ■□□□□□□□□□16世だろ!」と叫ぶ。なにが一巡礼者だ。一巡礼者が防弾加工のメルセデス・ベンツML430に乗るか!
 じいさんはニヤリと笑うと、「それそれ、そういうの、それを待っていたのだよ」と言う。そして「フェイス・ノー・モア!」と叫ぶ。それがじいさんのスタンド名! 複雑に折り曲がった銀色の十字架が複雑に組み合わされ、口にはペスト医のマスク、頭には三重冠、右手には髑髏が先についた杖。そんな代物がメルセデス・ベンツML430のボンネットの上に立ちふさがる。無機質な目がおれを見下す。「ジ、ジ、ジャッジメントの、じ、じ、時間だァッ!」とスタンド。
 「違います! それも違います!」と、今度はペテさん。
 「む、そうか」とじいさん。スタンドは霧散する。
 おれは、万引きばれ保安員にけが、逃走し体育教室で講師しようとしていたところなので、なんとかこの場をしのがねばならねえ。切り札を切るときはいつだ? 今でしょ!

 「おい、じいさん、ここにベルたそと楽天の銀次のプロ野球カードがある。このどちらか一枚をくれてやるから、おれを全力で見逃せ!」
 じいさん、身を乗り出してカードを見る。
 (乗ってきやがった……!)
 と、思うや否や、おれはフェイス・ノー・モアにすごくすごい強い力で羽交い締めされていた。十字架が鉤みたいになって、完全に極められていた。1mmも動くことができなかった。
 立ち上がってじいさんが叫び出す。
 「あのなぁ、ダボ公、ありがてぇ教えを聞かせてやるから、ようく聞けっ。二択があったら、二つとも手に入るチャンスだ! わかるか! どっちか一つを選ぼうなんてやつはぁ、しょせんそこまでのヤツっ! 二択を提示されたらなぁ、どっちも自分のもんにしなきゃあダメなんだよ!」
 今度はパウロさんもペテロさんも呆れてそっぽを向いている。使う筈だったかもしれない、ミトラの紋章入りの印籠を弄んでいる。おい、助けねえのか、おまえら? 
 「というわけで、わしはベルたそも銀次ももらうことにする。文句はあるまい? もうわしも歳だから、いささか疲れてきたわい。そうそう、わしにはもう一体、自立行動型のスタンドがあって、そいつも今動いてるしな……」とじいさん。
 「こ、こ、これ、もーらい」とカードを取るフェイス・ノー・モア。
 そして御一行はメルセデス・ベンツML430に乗って去っていった。おれはぽかんと立ち尽くして、ピエール瀧の訃報を聞いた。そして、今度の土曜日は、『キルミーベイベー』の映画を観に行こうと思ったのだった。
(完)