さよなら、R2 - 関内関外日記

　「いい自転車なんだから、もっと乗ってやってくださいよ」。
　一ヶ月点検のとき、スポーツオーソリティの、本当に自転車に関するオーソリティらしいじいさんは言った。今はスポーツオーソリティの自転車売場どころか、スポーツオーソリティのあるジャックモール自体がなくなってしまった。

　心の病になって、唐突にフルカーボンのロードバイクなど買ったはいいものの、完全に乗りあぐねたまま一年と三ヶ月が過ぎようとしている。そして、それ以上に長い間、おれの初めてのスポーツ自転車である2008年式のGIANT ESCAPE R2は会社の駐車場に放置されてきた。ペダルは取り外され、交換しようとしてやめてしまった前輪ブレーキも取り外されたままだった。二ヶ月に一度くらいは清掃をしたが、その程度だった。
　乗り手のいない自転車は哀れなもののように思えた。おれが乗ればいいし、いっそのこと通勤用のルイガノMV-1の代わりにしてしまうということもできるだろう。だが、どうもそういう気にもなれず、どうしたものかと、見てみぬふりをするばかりだった。売れるようなたいそうな自転車ではないだろうけれども、捨ててしまうには惜しいものがある。その気になれば日帰りで189kmくらいは走れる自転車なのだ。

クロスバイクで冬の江戸川サイクリングロードを行く189.3kmの旅 - 関内関外日記（跡地）

　……まあ、結局、クロスバイクで一日200km乗れるようになったらロードを買おう、なんていう目標も達成せず、次に手を出そうなんていうのが間違いだったのかもしれないが。
　と、いつまでもうじうじもしていられないので、主人のいないR2を売るでも捨てるでもなく、譲渡することにした。おれの人間関係というのは極めてシンプル、いや、ミニマムなので、付き合っている彼女の人にあげることにしたのだ。そのために、おれは今もってまったく苦手なVブレーキの調整をし、サドルを余っていたルイガノMV-1についていたやつに換装し、ペダルもどこが出自がわからないがノーマルなものをはめ込んだ。タイヤはミシュランの23Cで、エルゴンのGC3とか妙なものが着いていたりするが、それはそのままだ。言うまでもないが、ペダルをはめ込んだのはすばらしいHOZANのペダルレンチだ。
[rakuten:atomic-cycle:10009045:detail]
　なんとか、乗れるようにはした。前輪ブレーキもあやしいし、ディレイラーも調子がおかしい。ただ、ともかくすぐに近所のサイクルベースあさひに持ち込んで、前輪ブレーキの交換と全般のメンテナンスをお願いするように頼んだ。いや、それが引き渡す条件だと言った。それだけでは不安なので、とりあえず彼女の人の家の近くのあさひまで着いて行くことにした。なにかあったときのための工具を背負い、日に日にトゥルーデ仕様になっていくCOLNAGO ACE（白と黒だからね。あ、もうCOLNAGOって文字列ほとんどないです）にまたがって。それに、防犯登録の変更など、本人がいたほうが捗るのではないのかと。
　結果として、サイクルベースあさひの対応は素晴らしかった。譲渡による防犯登録など面倒そうなこと、申し訳ないくらいだった。ただ、R2は何らかのすばらしさを取り戻したように思うし、あとは大切にしてほしいと思うばかりだ。だから、あれやこれやと必要なものを、あさひやホームセンターで買ってもらった。空気の入れ方、アーレンキーの必要性、自転車で車道を走る際の、おれの知る限りのしきたり……。あとは、なんかあったらあさひを頼れ、と。
　これで彼女の人が自転車に目覚めるならそれもよし、目覚めないのならば、それはそれでよし。ただ、おれが譲渡した自転車で事故などに遭われたらたまらないように思う。おれがおれの自転車を勝手に、書籍やインターネット経由で仕込んだ生半可でいじって、走行中の車両トラブルで死ぬのなら、なんとも思わん（まあ、巻き添えくらう人には申し訳ないが。口だけだけど）。けれども、他人のこととなると話は違う。全国の自転車屋なり、あるいはバイク、自動車に携わる人の責任感のようななにか、それを生業とすることについて、なんともえらいものを背負っているのだなと、そう思わずにはいられなかった。
　そういうわけで、おれはR2を手放した。会いたくなったらタイオガ・スパイダー・ツインテールを装着したヤックルに乗って会いに行けるとはいえ、防犯登録上も立派におれのものではなくなった。新しい持ち主が乗ってくれるなら、それは嬉しいように思う。だけど、少しさみしいところもある。まあ、そんなものだろう。できれば乗り手に怪我させないようにがんばってくれ。
　さようなら、R2。