おれの菜の花まつりは台無しになった


 おれの菜の花まつりは台無しになった。すべて鹿に食われてしまった。鹿対策をしていなかったわけじゃあない。街のラーメン屋が鹿撃ちをするというので、毎晩見回りをさせていたのだ。だが、そのラーメン屋は最初の夜に出汁をとるのに必要な鹿を一頭撃つと、あとは見回りをサボっていたというのだ。まったく、人を信じたおれは馬鹿野郎だった。
 菜の花まつりに失敗したおれには呪いがかけられた。村長のまじないで、右手の親指がペニスになってしまったのだ。右手の親指がペニスになると、いいこともあればわるいこともある。どちらかというと悪いことが多い。いずれにせよ、そんなおれは村にとって忌むべきものになってしまった。
 そんなおれに、「ユタでしょ、ユタ」と後押ししたのは誰だったろうか。「ユタでしょ!」。アメリカには試される大地がある。おれもアメリカで試されなければいけない。呪いのせいもあって正常な判断も奪われていたのか、おれは東武東上線でユタに密航した。ユタだったら、親指ペニスもかえって価値のあるものとされる、そんな予感すらあった。新天地、スウェーデン、フリー・セックス。ディヴァイン・コメディもそんな歌を歌っていたはずだ。

 予感は大間違いだった。おれが熱心に親指ペニスを現地女性にアピールしていたところを、モルモン教のサムライにドスでぶっ刺されたのだ。なんでこんなところでサムライに出会わなきゃいけないのか、おれにはさっぱりわからなかった。だが、こんなところで、捕まるわけもいかない。おれは、おれにはやることが……? 「こ、この権利証で、勘弁してつかぁさい……」。隙を見て走れ……!
 ……が、結局おれは逮捕された。現場に落としていたリップクリームが決め手だった。親指ペニスについてのある種の行為に使っていたものだった。それを知ると、陪審員たちは顔をしかめた。天にいる誰かさんに向かってなにか言うやつもいた。
 おれ対ユタ州。判決、死刑。ウソのようだが本当の話だった。胎児のまま8年くらい生きた人間がいたという方が、まだ信じられるんじゃないかと思った。そのミイラがやってきて耳元でささやいた。「人間、諦めが肝心だよ。とりあえず写経でもしたまえ」。
 そしておれは今、大勢のユタ州人の好奇の目にさらされながら、十三段階段を登っている。絞首縄の向こうにはユタの雄大な山々がそびえていた。真っ青な空に白い山頂、裾野に開くは一面の菜の花。ああ、あれらは志の墓標。おれにはそう見える。志を持ちながら、なすことのなかった者たちへの報い。報われぬものへの報い。おれもそこに連なるのだ。せめて、そう思いたかった。しかし、足は震えていた。右手の親指もちぢこまっていた。まるでしぼんじまったペニスみたいだった。右足、左足、右足、あと何段? 一二三九段あってくれと願ったが、そんな段数ありはしない。おれは首に縄をかけられた。いや、おれが自分で頭を下げて縄をくぐった。気を使う必要なんてありはしないはずだった。けれども、おれはそうした。間髪入れず、谷垣法相がDE ROSAにまたがったままゴーサインを出す。サムズ・ダウン。踏み台の外れる音を聴いたかどうか、おれにはわからなかった。ただ、目の前を蝶が過ぎていったのを見たような気がした。太陽の光を翅に透かして、舞うように、ただ一瞬、脳裏に……。

 初蝶や三千世界をわれとゆく

(※このエントリーは、ひさびさにマクドナルドに行ったことから、好もしくないとおもわれる企業の商品・サービスにどう向き合って生活していくべきかについて書こうとしたものですが、途中から話が逸れたことを深くお詫びします)