ワレンチーナ・クラスコーワ『クレムリンの子どもたち』を読む

クレムリンの子どもたち

クレムリンの子どもたち

 第一章「ヤーシク 異端審問官の息子」の始まりの部分にこんなことが書かれていた。

《赤》嫌いで有名な作家のロマン・グーリ[『アゼーフ』を書いた。一八九六〜一九八六]は、ジェルジーンスキイの息子を変質者だと言う。わたし自身はこれを、真実への冒瀆だと思っているが、しかし、この作家の気持ちもわからなくはない。

 おれはこの本を読むことにした。いきなり、ロマン・グーリの名前が出てくるとは思わなかった。そうか、ロマン・グーリは赤が嫌いなのか。それにしたって、『アゼーフ』は面白かったぜ。ジェルジンスキーについてもなにか書いているのか? いや、それはおいといて、フェリックス・ジェルジンスキー! その家族! 気になるじゃないですか。そしてパラパラとめくってみればベリヤの名前もあり、その息子のセルゴ・ベリヤの世界に対する反論まで載っているじゃあないの。おれのテンションはすごくあがった。
 ……なんで?
 まあ、いいか。よくわからないが、おれは社会革命党戦闘団、というかアゼフとサヴィンコフの話と、ベリヤが死ぬまでのソヴェート・ロシアに興味がある。なにか惹かれるものがある。分厚い『フルシチョフ回想録』や、ミコヤンの回顧録にまで手を出している。何を知りたいの? いや、べつに。べつに、ではないか、いろいろと、か。
 いろいろがなにかといえば、たとえばサッカー選手をめぐるスターリンの息子ワシーリーとベリヤの確執の詳細であるとか、ゲンリフ・ヤーゴダが薬剤師などではなく「スヴェルドローフ親方の彫刻工房の見習いにすぎません」という証言であるとか……。

今日は子どものお祭り、
歓声を上げるのはピオネリヤだ!
今日のわたしたちのお客さんは、
ラヴレンチイ・パールィチ・ベリヤだ!

 という詩とか(「パーヴロヴィチ」となっている箇所もある。ジョージア訛りと書き分けているのかどうか)、

ラヴレンチイ・パールィチ・ベリヤ
期待にゃちっとも応えなかった
ベリヤが遺したものなぞ
何もない何もない(プーフ・ダ・ペリヤ)。

トビリシで咲いているのはアルィチャの花
ラヴレンチイ・パールィチのためでない、
咲いているのは、クリメント・エフレームィチと
ヴェチェスラフ・ミハールィチのためなのさ。

 というチャストゥーシカ(民謡)とか(クリメントはヴォロシーロフ、ヴェチェスラフはモロトフのこと)。
 ……まあベリヤか。ベリヤの最期は、やはり「警戒、警戒、警戒」のメモと、呼び出されて現れるジューコフのあれじゃないかと思うが、息子のセルゴは違う証言をしている。家に押し入られて射殺されたのだと。
 と、この『クレムリンの子どもたち』の大きなテーマでもあるんだけれども、親が粛清されれば子もシベリヤ送りみたいな中で、このセルゴさんは一年独房に入れられるも殺されたり、追放されて冷や飯を食わされたりはしなかった。

 セルゴ・ベリヤはじっさい稀有な人格の持ち主だ。戦争の初期の段階(十七歳)から、すでに国外(敵の背後)で活動する偵察グループの無線通信士であり、二十八歳で極秘のKGBの指導者にして博士、さらに最初の原子爆弾の実験と水素爆弾の製造にかかわって祖国防衛に大いに貢献した。ロケット式宇宙システムの設計主任でもあった。

 これが「人格」かどうかわからないが、ほかにも潜水艦からのミサイル打ち上げの設計にも関わったとか出てきて、相当に有能ではあるらしい。高官の息子がろくすっぽ業績もないのに出世するのとは違うというわけだ。このあたり、下手すれば世界の半分の権力を手にする寸前まで行った父の才能を受け継いだのかもしれない。まあ、ラヴレンチー・パーヴロヴィチが夢であった建築家に進んでいたら問題なかったのかもしれないが。
 ……とか言うとセルゴに怒られるかもしれない。そもそも、彼の母が父親にかどわかされた(というか、強姦されて強引に、か。ウィトリンのやつかな?)話自体嘘っぱちだという。クタイシの監獄で母の伯父にあたるサーシャ・ゲゲチコーリとベリヤが同じ房に入れられていたのが馴れ初めだという。うーん、このあたりは、その通りかもしれんなあ。でも、ベリヤが清廉潔白な人格者だというのには疑問が。とはいえ、証拠も残っていないか。いや、証言はあるか。ある尋問調書。

「ベリヤは私に不自然なセックスを求めてきました。わたしが拒むと、今度はもう一つ別の、でもやっぱり変態的な、ぜんぜんまともでないようなセックスを提案しました。で、わたしもそれでいいと思い、同意しました」

 いや、それも嘘だと言われればそれまでかもしれないが……。という具合に、葬り去られてしまったり、意図的に捻じ曲げられてしまったり、単に記憶違いだったりする「歴史」というやつの難しさみたいなものがあんだな。いや、おれは歴史学とかの学もないし、なんともいえんけれども。たとえば、スターリンの娘であるスヴェトラーナ・アリルーエワのアメリカ行きについても、この本の地の文章(引用が多くてどこが地かわかりにくいが)と、フルシチョフの詳細な回顧ではインドでの話が多少食い違ったりしてるし。
 というわけで、閉ざされていたソヴェート・ロシアの、さらに秘密のあたりなんぞはもっともっと研究が必要なのかもしらん。とはいえ、文章に残らなかったもの、証言する人間がとっくの昔にいなくなっているものについて、どれだけのことが明らかになるのだろうか。けど、なにかしら、ああだこうだの種はつきないだろうし、どっかからなんか出てきたりすんだろうな、と。
 ああ、そんでこの本、なんかいろんな証言や本の寄せ集めで、散漫で、はっきり言って読みやすいもんではなかったし、正確性みたいなもんはおれには判定しかねると最後に言っておこう。でも、ベリヤのあたりまではテンション上がってた読んでたね。なんでだろうね。

>゜))彡>゜))彡>゜))彡

……この本からの引用もあり。

……この本からの引用もあり。

……名前は当然出てくるが、ミコヤン家族はあまり語られてなかったっけ。

……これは面白い。

……これも面白い。

……しかしなんか。

……おれはロシア好きなんだろうか。

……この本なんかもクレムリンの子どもの話だったかなー。