おれはポール・オースターが怖い 〜『幻影の書』〜

幻影の書 (新潮文庫)

幻影の書 (新潮文庫)

 おれはポール・オースターが怖い。
 ポール・オースターをおれの好きな作家のリストに入れるにやぶさかではない。だが、どの箱に入れていいかわからない。なにに例えていいかわからない。打順を組んでみても、サッカーのポジションにたとえてみても、どこにもしっくり入ってこない。ただ、ポール・オースターポール・オースターとしてそこにいて、なんの例えもゆるさない。金剛石のような硬度でそこにいる。
 ポール・オースターは都市的だ、都会的だ、怜悧だ、鋭利だ、硬質だ、すぐれたストーリー・テラーだ、虚構を描く、空虚を描く、喪失を描く、敗北を描く。かといってロアルド・ダールのようなそれでもないし、ジョン・アーヴィングの、あるいはレイモンド・カーヴァーのそれとも違う。チャールズ・ブコウスキーでもないし、本当は怖いカート・ヴォネガットとも違う。
 おれはポール・オースターが怖い。
 こうも怖い作家というものがいていいものだろうか。おれはそう思わずにはいられない。それを知るのに『幻影の書』一冊で十分だ。おれはポール・オースターの人柄なぞ知らないが、彼が作中の人物になにをするのか、小説自体になにをするのか、あるいは読者に対してなにをするのかわかったもんじゃねえと、そう思う。それゆえに、ページをめくる手が止まらない。いつ大きな喪失、破壊、裏切りが待っているのか、びくびくしながら。ポール・オースターの筆先ひとつで世界一つがおそろしく変質してしまうのを恐れながら。それこそ、『幻影の書』というタイトルの通り、南米かどこかのマジック・リアリズムのように、折りたたまれて消えてしまうんじゃないかという不安とともに。ポール・オースターならやりかねない。そっけない顔でさらりとやってのけてしまう。なにか大変なことをやってのけてしまう。おれはそう信じている。
 だから、おれはポール・オースターが怖い。そして、間違いなくこの『幻影の書』は傑作なのだ。作品の中にそれを演じる人がいて、かれはまた作品の中で作品を作る、作品の中にはまた演じられる人がいる。脳の中に世界があって、脳は世界の中にある。堂々巡りのすえに、ぽつんとおれ一人いるような気になる。
 おれは、ポール・オースターが、怖い。

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