「踏まないでください」

 おれは極限に近いほどボケーッとしながらサービスエリアのエスカレータを登っていた。すると、目の前に小学生らしい女の子数人がこちらを向いて待っていて、天国への階段でも登ったのかと思ったら、「踏まないでください」と言われて慌てる。エスカレータの一番上のところでなにか落し物をしたのだ。ただ、おれは極限に近いほどボケーッとしてたので、「ほへ?」という感じで何かを避ける動作に移れなかった。つんのめるような形で一歩踏み出しておっとっととなるのが精一杯だった。その時おれが下に見たのは、変な形のオレンジ色のなにかだった。変な形のオレンジ色のなにかはなんだったんだろう。おれはあれを踏んだのだろうか。踏んだから変な形になったのだろうか。それとももっと別の、コンタクト・レンズとかだったんだろうか。わからない。わからないが、そのままおれはおっとっとというまま通りすぎてしまった。ひょっとして悪いことをしてしまったのだろうか。 
 と、ちょうどおれの前に行っていたのが同行者だったので、「さっきのあれなんだったんですかね?」ときいてみたら、「噛んでいたガムを落としてしまって、踏まないように注意していたようだ。それをおまえがエスカレータから踊り場に蹴りだす形になったのだ」と。
 なんだ、おれは悪いことどころか、ガムを拾いやすいところに移動させたんじゃないか。まったくおれはいい気になって、もしもガムがエスカレータの回転に巻き込まれたら、なにか麺類の精製工程みたいになるのだろうかなどと想像した。そしておれは、ラーメンを食った。それだけの話。