福袋

f:id:goldhead:20140106125146j:plain

「いや、正月いいましたら、門松、おせち、いろいろありますけれどね、わたし、福袋を一度買ってみたい思うてるんですよ。なんや君、福袋買いたいなら、普通に買えばええがな。よし、そならお前福袋やってくれ。お、福袋売り場や。いろいろいいもん入ってるとええなー。お、これ重っ、むっちゃ重いやん。これはお買い得に違いないわ。これください。さあ、なに入ってるか開くの楽しみやわー。ガサガサ、ガサガサッ! エエッ! なんや動いた、この福袋動いたで! ズボッ!『ボクハ、フクブクロ、シャベレルヨウニ、ナタヨー』って、人のネタやないか。やめさせてもらうわ」

というわけでおれは二年くらい前から「一生に一度くらいは福袋を買ってみたいものだ」と、世間の正月ムードが終わったと実感したころに思う。とうぜんそんな思いは11ヶ月残りつづけるわけはないから、ついぞおれは福袋を買ったことがない。まあ、福袋自体そんなに安いものでもないのだし、おれは金がないのだからそんな無駄遣いする余裕などないのだが。

人生は福袋のようなものである。

などと格言めいた文字列を打ち込む。どういう意味かというと、今から考える。いや、説明する必要などあるだろうか。なにかそれらしい。それでいい。そんなものだ。玉袋であってはいけない。ただし、あらゆる人間は玉袋からはじまるのだが。

福袋を買わない人生

と書いてみると、おれのことに他ならないが、なにか言い当てているような気になる。福袋を買わない人生。いかにもつまらなそうでおれにピッタリという感じだ。酸っぱいブドウのようだ。くだらないかもしれないことに金を使う余裕がない。失敗を笑って済ませない。ただ、ひょっとしたらラッキーが詰まってる「それ」について気にしていないわけでもない。

正月は終わった。

おれは今年も福袋を買わなかった。

おれの人生に「それ」はなかったし、これからもないだろう。

言葉が先にあって、なにかそれらしく思えることもある。