占い師のやり方

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おれは占い師に占ってもらうという経験がなかった。一度くらいは占い師に占ってもらうという経験があってもよいのではないかと思っていた。

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とはいえ、評判の占い師をネットで検索してどうこうという気になるほどでもなかった。

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もちろん、「どこそこの占い師が当たる」などと教えてくれる友人などというものも存在しない。

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今日は十月なので空はうそ臭いほどに青かった。青かったということにしておきたい。

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占い師なんて知らないし……。おれのように昔も今も空っぽの人間になんの先があるというのか。

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占いに値するなにかがあるというのか。おそらく、占いの世界には「ある」のだ。カッコつきの、虚構のなにかが。そうでなくては、占い師というものは成り立つこともあるまい。

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だから、すべてお見通しの上なんだ、占い師ってやつらは。CPLフィルタで水中の魚を撮るように。

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横浜中華街はじまったな。

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台湾料理はじまったな。口に入れた瞬間に広がる味付けされた肉の香り。

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それを食い終えたおれは「今ならタイムサービス500円!」という占い師の館の前を通り過ぎ、しばらく歩き、回れ右をした。入り口でタイムサービスの札をくるくる回していた昔ながらの易者のような老人に「500円?」と聞いた。「500円」というので、そこに座ろうとしたら、「中で、中で」と言われ、店の中に入らされた。神秘的な雰囲気もないもない室内、半分はいかにもな中華街開運グッズで溢れ、のこり半分に三席の占いテーブルがあった。

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椅子が二つ合ったので、「見学いいですか?」と連れの女が横に座った。占い師も女性だった。日本語が少しだけ片言だった。「片言の日本語」というには流暢だが、ときおりイントネーションに違和感を覚える、言葉の疎通にひっかかりを覚えるという具合。逆に説得力の演出になるようにも思える。「これ、サービスです」とタロットのようなカードをひかされる。自分が引いた一枚のカードを中心に、さらに四枚のカードが展開される。ただ、どうもそれはいわゆるタロット・カードではない。少なくともおれの知っている大アルカナは一枚もなかった。吊られた男も、塔も、女帝もなかった。なにか、ポジティブな言葉が記されていた。おれが引いたカードはなんだったか、覚えてはいない。ただ、開かれた配列を見て占い師曰く「あなたには愛がある。愛の人だ。そして、仕事の人だ。頼まれた仕事を一生懸命やる。そうでしょう?」。まるでブラック企業に適応してしまう、現代の若者のようではないか。

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とはいえ、おれは常々怠惰な人間であろうとしているが、頼まれた仕事は断れない、金が出なくても環境を変えたくはないがためにどうにかする。ひたすら働いてきた。柳美里のようなものかどうか知らないけれど、底辺でそうやってここ十年以上生きてきた。間違っちゃあいないんだ。おれは「まあ、はい」と答えた。ただ、「愛がある」と言われて即座に否定する人間がいるだろうか。休日に女と中華街をほっつき歩いて、500円とはいえ占いに金を使う人間が、明日食うことに困るほど「働いていない」ということがあるだろうか。おれは貧乏だが、そこまでではない。良いことを言う。バーナム効果でペースを握ってくるのだ。「褒められると伸びるタイプです」。この歳になって言われても遅い。そして、誰に言ったって当たってるんじゃないの。でも、おれは褒められたいんだよなぁ……。

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そして、おれはあまり自分から話さないことにした。会話から読み取られる。それじゃあ面白くない。手相なら手相だけ見て、結果が知りたい。その手相、まずは手を組めと言われる。右手の親指が下になる。右手が今を表すのだといい、右手の鑑定に入る。何を知りたいか? 今後の人生全般。「親元から離れていますか?」。「はい、一人暮らしです」。

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これが生命線。今何歳? 35歳。じゃあいまこの辺。「なにかを伝えたり、教えたりする仕事をしているでしょう」。こちらからの情報なしにそう決めつけてきた。大きくくくれば、そうとも言えなくはない。ただ、左耳にピアス3つ光らせて、教師に見えるわけもあるまい。中古タイヤの溝掘り職人に比べたら、「うーん、まあ、そうかもしれません」。占い師、同伴者である女を見る。女は、そういえるかもしれないというリアクションをする。あからさまに女の方から情報を得ようとしているように見える。見学を勧めたのも、情報を引き出すためのテクニックかと思う。

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生年月日を問われる。答える。占い師、乱雑な字でメモをする。生年月日別に何かが書かれた本を出す。はじめ、誤って6年も違うページを開く。指摘しようかどうか迷う。指摘しない。占い師、なにか井桁のような図を書く。雑誌の切り抜きかなにかのような紙を出し、乱雑な字で漢字を書く。そこで開いていたページの誤りに気づく。乱雑な字で数字を書く。iPhoneに生年月日を入力して、出てきたなにかの符号を見る。紙に書き写す。その間も何かを話していたような気はする。おれはあまり答えない。「優しそうに見えるけど、内面は頑固でしょう」。「好き嫌いがはっきりしてるタイプ」。……好きと嫌いがあれば、それははっきりしているだろうに、トートロジーではないのか?

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年齢らしき字を書き終えて言う。「25歳までは土台がなくふらふらしていた。この35歳までの10年間で勉強してきた」。前者については当たっている。おれはニートだった。正直、驚きがなかったといえば嘘になる。ただ、この10年、雑用はしてきたが積み重ねて勉強してきたようなことはないようにも思える。「ええ、はあ」。

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「36歳からはなにかを伝える、教える側になる。基本的に、なにかを自分から始めるタイプの人間だ。下積みで勉強してきたことを伝える側になる。おれがおれがと主張するタイプではないので、アドバイザーのような立場になる」。おれは空っぽで年相応の経験らしい経験もないのに、だれになんのアドバイスをするというのだろうか。ただ、36歳から変わるという。その先は、手相のラインがズレているともいう。別のなにかがはじまるというようなことをほのめかす。もう親族からは離れていて、他人の助けを得るだろうという。

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悪くない、と思う。ただ、年相応ということを考えれば、35歳はそういった立場の変化を迎える年頃とも言える。とはいえ、もっと早く出世をするなり、部下を率いるなりする人間もいるだろう。おれはそう見られなかった。あからさまにそういう情けなさを発散しているのだろうか、とも思う。

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手相の細かいラインをさして、目と腰が悪いのではないか、お腹を壊しやすいのではないか、と言われる。そりゃあ座り仕事でマッキントッシュ様に毎日釘付けになってる。とはいえ、極度の眼精疲労もなければ、腰痛もない。腹についてもビオフェルミンのようなものを飲んでいればそれなりに順調だ。目、腰、腹、やけに言ってくる。まあおれとて年中健康人間というわけでもないので、「はあ、まあお腹は」など答える。ここで「精神がおかしい。双極に分離している。炭酸リチウムかバルプロ酸、あるいはオランザピンを飲むべき」などと指摘されれば、おれは占いというものを完全に信じただろうが。あと、知恵は溢れているが、水分が身体にたまり、よくむくむだろうという。おれに身体がむくむという自覚はまったくない。おれの掌が子供っぽいだけじゃないのか。

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まあ知恵が充溢しているのは言うまでもないが。して、12月と1月はよくない、と言われる。おれは冬が好きなのだが、冬はよくないらしい。しかし、そうして迎える36歳から、おれは人にものを伝える、教えることになる。目と腰と腹に注意する。褒められると伸びる。愛にあふれている。

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「ところで、写真がケラレてるみたいなんですが?」。「安物のCPLフィルタなんて付けて、それが厚いのが原因よ」。「ええ、まあ」。占い師の手口。バーナム効果で引き込む。同伴者を含めて情報を引き出す、表情の変化も見逃さない。別の話題を持ち出す、別の情報を引き出す、情報の点と点を繋ぎあわせて線として見せて驚かせる。中国系の占いはデータベースがあることを背景にしているようなので、本を参考にするのも、iPhoneを使うのも説得力にはなる。おれはそのように感じた。ただ、結局「おれは食い詰めることはないのですか? 自死するしかないと自分では思っているのですが、そういうことにはなりませんか?」とは聞けなかった。精神科でもそうだし、この日もそうだった。ましてや、横には女がいた。かくして、おれのはじめての手相占いは終わった。

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そのうえで、おれは占いを信じよう。おれは来年から生まれ変わる。

ただし12月と1月はよくないので潜むことにする。

おれは愛だ。

褒められると伸びる。

知恵に溢れている。

おれは25歳まで土台がしっかりしていなかった。

おれは10年間勉強してきた。おれはしっかりした。

これからは人に伝えたり、教えたりすることになる。

おれには別の道が伸びている。おれは36歳から生まれ変わるのだ……。

 

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