春菊の鍋感は異常

お好み焼きのアクセントに春菊もありじゃないか、と思って買った。春菊、ビニール袋から出そうとしたとき、鼻孔をくすぐる香り、一気に鍋だ。鍋世界にトリップ。もう鍋以外の何物でもない、オール・ザッツ・鍋、なべて鍋過ぎて困っちゃう。ありとあらゆる鍋から鍋、突き抜けてすき焼きまで行く。おれが最後にすき焼きを食ったのはいつだろう? 10年は食ってない気がする。しかし、そこにはすき焼きだって顕現していた。マッチ売りの少女の幻覚、春菊バッド・トリップ24時。春菊の煙にひとときの快楽を求める都会の若者。広がる地方との格差。いや、田舎には田舎の春菊がある。春菊祭りがそれである。禁忌品である春菊を各家から持ち寄り、夜を徹して鍋感に浸る。辛い年貢に耐え日々をしのいで生きてきた農民たちのハレがそこにはある。テレビもラジオもない、しかし春菊がある。春菊さえあれば、鍋があるのと同じこと。都会の孤独な若者にだって、鍋を囲む家族や友人たちの顔がそこにある。お祝いの日には贅沢にすき焼きだ。ああ、春菊の幸福はここにある。ヤポネシアの常民の底を流れる仄暗い喜びがここにある。ただ、お好み焼きに入れたらソースとマヨネーズに負けた。おしまい。