はてな党選挙戦奮闘記

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「私たちは、はてな党から今度の衆院選に立候補しようと思います」

古参の一人がそう言った。正確には、古参の領域がそう書き込んだ。しばしの沈黙の末に、多くのスターが発言に付与された。

だれも古参領域の素性は知らなかった。多くの人が肉体を捨ててからすぐにはてなユーザーになったという話もあれば、それ以前の肉体人時代のクラシック・IDを持っているという話もあった。実のところ、ぼくは彼のID中のID、オリジナル・はてなIDを知っていたのだが、それはだれにも言わないことにしていた。自分で暗号鍵をかけ、メモリの奥底に沈めてしまった。自分のそれとともに……。そしてぼくらはみな〈結合〉したのだった。

いずれにせよ、ぼくらはてなー〈結合〉は選挙に臨むことになった。選挙区は横浜県一区だった。「横浜はじまったな」というスローガンも決まった。あとは選挙戦を繰り広げるだけだった。

「で、選挙戦って、なにをするの?」

一領域が言った。しばしの沈黙が訪れた。

ともかく名前の連呼が必要なのではないか? あるスクリプト・キディ領域は289万通のメールを非合法に選挙区民のプライヴェート・アカウントに送りつけた。それは577万通のサイバー・アタックとして返ってきた。

肉体人たちへのアッピールも必要なんじゃないか? 「本アカウント」の襷をつけた高性能義体と最高級のデローザの自転車が用意された。その自転車はカーボン製の旗竿をしならせながら平均時速75km/hでリアル・ワールドの道路を駆け抜けた。閑散とした旧横浜市街地に一陣の風が吹いた。けれど、もはや現実の土地に縛りついている人間の数なんてたかが知れていた。スラム寿町近くで生身の老人を一人轢き殺した。一匹の野良猫が崩れたブロックの陰から見ていただけだった。

やはり選挙の主戦場はサイバー・スペースだ。ぼくらの〈結合〉、はてな党運動員たちは絶え間ないブックマーカーとなり、あらゆる発言に「肉屋を支持する豚」タグや「死ねばいいのに」タグをつけて回った。われわれは常に世界の右傾化を心配していた。人権の軽視を批判していた。たとえそれがわら人形だとわかっていても、そうするほかなかった。肉体のくびき、飢えからの解放、他者との〈共生〉……実際のところ、ぼくらにはすることがもうなくなっていた。電気信号と化したぼくらには無限の時間と亜空間が広がっているばかりで、する必要のあることなんてこれっぽっちもなかったのだ。

それでも政治のようなものはあり、選挙は行われる。

もちろん、ライバルの立候補者だっていた。もはや旧世代のAIヴェルティゴVF211型、さらに旧世代の掃除専用円形ロボット、3走前に12番人気ながら最速の上がりをマークして僅差の4着に食い込んだ7歳牝馬、それとどこかから拾われてきた犬が1匹。それぞれが100~120の支持団体を有し、20~30の政党の推薦を受けていた。いまどき選挙に出る人間系思考体は少ない。

そうだ、ぼくらは政治にあこがれていただけだった。ぼくらは政治がしたかった。確たる思想を持って、よりよき社会を構築することにあこがれていた。政治闘争、権力奪取、分派活動……。腐敗や汚職ですらあこがれの対象だった。ぼくらは夢を見ていた。だからはてなアカウント持ちは頭がおかしいんだ。へんなウイルスを食っちまったんじゃないのか。そんな風に言われても、ぼくらは政治がしたかった。ぼくらは一生懸命サイバー・スペースに「はてな」の名前を連呼し、戦争反対を訴え、不当な格差に抗議した。もう、そんなもの、どこにもなかったのに……。

選挙の結果はあっけないものだった。ぼくらの〈結合〉がトップ当選を果たしたのだ。もう、だれも選挙なんか興味がなかった。ぼくらはぼくらの固有領域分だけの投票で当選してしまったのだった。

「万歳三唱、やりますか」

ある領域がそう言った。

「だるまに目玉、入れますか」

そんな声もあった。でも、だるまなんて用意してない。急いでアマゾンの秒速便をクリックした。

ぼくらはみんな笑っていた。3日後に、有権者へデジタルおまん小豆を配っていた選挙違反でいっせいにパージされるまでは。結局、犬が繰り上がって当選した。おどろいたことに、その犬は電脳体だったのだが……。

 

 

……ぼくは、獄中にて、一個体としてこの手記を書いている。後世に、選挙というものがあったこと、それを夢見た者たちがいたということ、それを知らせたいと、切に願う。ぼくらの失敗を糧に、また新たに立ち上がるものがいることを信じて……。