セリーヌ『城から城』を読む

セリーヌの作品〈第7巻〉城から城

セリーヌの作品〈第7巻〉城から城

 私の気がかりは今度は金のことだった……私はあんまり金について考えたことがない……まるで別のことを考えてばかりいたのが私の人生の禍いのもとだ……アシルのこととか、ほかの億万長者のことを考える……連中は金のことより考えたことがない!……奴は幸せだ……粛清を見ると良い、金さえあれば、なんとでもなったんだ!……

 デビューで大きなインパクトを残し、初期三作くらいは評価されたものの、その後落ち目に。しかし、「セリーヌが帰ってきた!」と評判をとった後期三部作を残す。どこかのミュージシャンか、という話である。おれは落ち目のところまで読んできた。たしかにこれはあまり面白くない。同時代からすると対独協力者でユダヤ人差別者として確固たる地位を築いちまったっていうのもあったにせよ、そのあたりは時空を隔てたおれには関係ない。ともかく『旅』のインパクトはない。はたして、デビュー・アルバム『夜の果てへの旅』のセリーヌ、『旅』のセリーヌが戻ってきたのだろうか。

家庭の大人たちが本能だのへちまだの言いだしたのはもっとあとだ、もっとずっとあとになってからだ、コンプレックスだの抑制だのへちまだの……《くさいねおまえは、拭かないからよ! ズボンの前をいじくるんじゃありません!》一九〇〇年以前はそれだけだった……それと拳骨の嵐だ……ひと言ごとに! そればかりだった!……ピンタを喰らわない子供は必ず犯罪者になるはずだった……猛烈な平手打ち!……事ごとに!……どんなへまでも、行く末は人殺し!……

 やはりこのアルバムも悪くないけど、デビューの衝撃に比べたらねえ。『Sea Change』もいいけど、やっぱり『Mellow Gold』だろ……。いや、そういうのじゃねえかもしれねえ。やっぱり時空が離れてるんだ。要するにおれはフランス人でもフランシュ人でもねえし、ジークマリンゲンの、ヴィシー政権の亡命者たちと距離がありすぎるんだ。ペタンにもラヴァルにもブリノンにもそれほど興味はねえんだ。

ラヴァルは生まれながらの争い嫌いだった……「調停者」だった……そして愛国者だった! そして平和主義者だった! 私に言わせりゃどいつもこいつも屠殺者だった……彼は違った! そうじゃなかった!

興味はねえというか、そいつらがどんなふうにかつて思われていて、wikipedia:ピエール・ラヴァルとか死刑判決されて銃殺されたりして(そのまえに自殺を試みたけど、医師ルイ=フェルディナン・デトゥーシュからもらった青酸カリだったのか?)、それが自国のことか、同時代のことかで、大いに違うと思うわけだ。それは、当然セリーヌ本人についても言えることなのだろう。

独房暮らしの途中で、デンマークのソーンビエ病院に入れられた時くらい、私がどれほど世間の嫌悪の的かを思い知らされたことはない、《癌病棟》だった……今思っても身の毛がよだつが、私の言うことに嘘はない……想像で言ってるんじゃない!

 となると、第二次世界大戦のさなかのとても特殊な場所について興味が無ければ面白く無いのか、という話になる。が、面白くなくはないですよ、というくらいは面白い。少なくとも、『ギニョルズ・バンド』や『ノルマンス』よりは面白かったぜ、という。執筆時点、現在進行形のセリーヌジークマリンゲンのセリーヌ、生活はふらふらだが(とうぜん、実際とは違うにせよ)、きちんと立地してるって、そんな感じがする。その上で、カロンの船の幻想がある。

……蒲団の下にもぐり込む……オーヴァーの山に……オーヴァーがいくつあんのか、私にはもう分からない! 私はなんにも持っていないが、くそ! オーヴァーばかりは例外だ! 貧乏暮らししてんのを見ると人がまずなんとかして送ってくれるのは、オーヴァーだ!……《もう着られない》のばっかりだ、すり切れて! とても着て歩けるもんじゃない、だが、ベッドじゃ、熱がある時には、こいつはすこぶる有難い! これは誇張じゃない!……安上がりのセントラル・ヒーティング……うちの、ガスのやつは、えらい物要りだ!……破産しちまう!

 セリーヌはどうも自分を必要以上に弱々しくというか、落ちぶれものとして描きがちなんだろうと思う。でも、そういういうふうに露悪的にならなきゃ書いてられない、いや、もう生きていらんないくらいのもんだった。たぶんそうだろう、そのくらいこの世を信頼してなかった。wikipedia:サンピエール島・ミクロン島の総督に任命されたってのにな。

《じゃ、総理、一つ私をサン―ピエール・ミクロン島の総督にして戴けないもんでしょうかね?》
 遠慮するこたあない!
《お約束しよう!……認めます! 決まった! 書いといてくれるね、ビシュロンヌ? ……勿論ですとも総理!》

 まあこれも冗談みたいなもんだが。
 けどまあ、なんか『旅』から通底してるもんがある、セリーヌの嫌うもの。正直なところ、ユダヤ人をどう思ってたかはわからない。ヒトラーをどう思ってたのか、ヴィシー政権についたことはどうなのか……いや、全部、詰まった便所みたいに思ってたのかもしれない。人間の良心ってもんにそれほど期待してない。今日も再現されるドレスデン、そして小さなヒロシマ。何回も繰り返される。それを、自業自得ながら、局地的な被害者の立場から目一杯自己弁護しながらさ、人間の惨めさをさ。その『旅』の、『なしくずしの死』のリアルを共産主義者が讃美したのもわからんでもないさ。でも、セリーヌはそんなイズムの回収されやしないんだ……。

 つまり私こそかつて書かれた最初の共産主義小説の作者だってことを……誰にも二度と書けっこない小説の! 二度と書けっこない!……

 さて、おれにとっては順番通りに『北』に向かうか。

>゜))彡>゜))彡>゜))彡