原作からどこまで遠くなので? 映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』を観る

※ネタバレ、執筆者による勘違いが含まれている可能性があります。ご海容ください。


 金曜日夕方、スーパーマーケットの駐輪場、買い物を終えたおれ、iPhoneの着信音。ホームボタンを押す。通知画面を見ると「トランセンデンスかオールユーニードイズ行きませんか?」。どちらも見覚えない文字列。ひょっとして女がおれ以外の男に送ろうとしたメールなんじゃないのか。おれの心はどす黒い歓喜に一瞬満ちた。だが、メッセージを開いてみればメールタイトルに「明日」とある。映画のことだった。おれは後者にしようと返信した。
 話は二日、そして三日と遡る。おれは会社帰り、炭酸水を買いにセブンイレブンに寄った。そのとき、漫画と雑誌のコーナーに原作小説が並んでいるのを見かけたのだ。「映画化するとこういうこともあるのものか」と思った。映画を先に観るかもしれない。おれは一度手に取り、また戻した。だが、次の日に氷を買いに寄ったとき、同じ場所に文庫本があるのを見かけ、そのまま氷と一緒にレジに持っていった。本がおれに読めと言っていた。
 読み始めたら止まらなかった。まさに渇きを覚えるがごとくページをたぐった。一日では読みきれなかった。仕事中に続きが気になるというほどハマりこんだ。これはすさまじい話だ。こんな作品がハリウッド映画で? 観て確認せにゃかもだ。おれはそう思った。いったどんな脚色? 改変がなされるのか?
 主人公の藤島役はトム・クルーズ。事情があって刑事をやめ、家族を失い、警備会社で働くうだつのあがらない男。それがトム・クルーズになる。ハリウッドとはそういうところだ。乗るのもカローラではなく、なにかかっこいいバイクだ。舞台も当然、北関東の国道沿いではなくなる。県境どころか、英仏海峡をまたにかけることになる。警察組織や地元政治家という勢力も中ロ合同軍。これもハリウッド化ということだろう。若いはぐれ者たちの集団アポカリプスも、ヤクザの石丸組も宇宙から来たエイリアンだ。意思の疎通も駆け引きもない、ネウロイみたいな連中。
 そして、タイトルも当然変わってしまう。ただ、原作にこんな藤島の言葉がある。

「だからどうした。殺してやる。必ずだ。殺してやる」

 そう、藤島は殺さなくてはならない。殺し続けるしかないのだ。それができることの全てと言っていいかもしれない。しかし、同時に殺されなくてはならない。殺され続けるのだ。
 この後者にスポットをあてたのが『オール・ユー・ニード・イズ・キル』ということなるのであろう。シャブをキメて何回も何回も何回も同じような悪夢を見る。そして死ぬ。この回帰を繰り返した末に、話は真相へと迫っていく。繰り返し、とはいえ、よみがえるごとに強くなっていく。武器が模造刀から拳銃、ショットガンと強まっていく原作を踏襲しているのかもしれない。あるいはこれがゲーム的リアリズム、次に起こることを「すでに知っていく」ということの一種といえるやもしれぬ。
 そして、死は狂気でなくなっていく。当然のように人間は醜く、その醜さのあるこの世界の、一つの有り様でしかない。いや、狂気ですら必然のものとして暴き出される。むき出しで、見せつけられる。とはいえ、そういった醜さが、狂気が映画版では脱臭されていると言わざるをえない。軍隊という集団は学校という集団をなぞらえたものだろうが、原作にあるようなヒリヒリするような感覚はない。いかにもハリウッド的に戯画化された集団となる。

果てしなき渇き (宝島社文庫)

果てしなき渇き (宝島社文庫)

 ……って、もうこのあたりでいいですか。勘弁ね。悪気なかたよ、偶然ね、偶然。偶然のことあるよ。『果てしなき渇き』については改めて書くね。本当は最後までボケきろうかと、映画観る前は思ってたけどね、映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』もそれなりに面白かったね。だからね、おれね、失礼ね、4つの作品に失礼したあるね。原作、映画、原作、映画。人間、4つのことに同時の失礼、さすがによくないこと。スシマスターもよくない言うね。じゃ、普通に映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の感想書くね。

 というわけで、普通に感想を書くとなると、「ふつうにおもしろかったです」という小並感。映画『オブリビオン』を基準に考えると、1.6オブリビオンくらいといったところだろうか。原作は未読。なんというか、こういうSF映画の落とし所というか、基準値というか、K点というか……。金払った分は満足させてもらいましたというあたり。打率.280くらいというか。貶してるわけじゃあない、ただ、どっかギラギラに突き抜けてるところがあって、おれの心臓にぶっ刺さるというようなことはなかった。そういう話だ。
 ループの表現は悪くなかった。ちょっと長いのから、あっと言う間の短いのまで長短織り交ぜての「起きろウジ虫」(関係ないけど「マゴット」で画像検索とかしないほうがいいです)。そして、何百ものエンドレスエイト(の長門)を経た上と感じさせる絶妙のムーブまで。一方で、最後のあれはどうなってんのというところ、おれには説明できません。というか、小声でいうと、戦闘シーンが続きすぎるので(や、余計なラブシーン、家族愛などが入らないところは評価したいが)、最後の最後の方でややあくびが出たりしたので。でも、ややラストの戦いはあっけないような……。格段に緊張感が違うはずなのに、そうも見えず。寝ぼけていたせいか。
 しかしまあ、またアニメとの比較になってしまうが『シュタインズ・ゲート』の鳳凰院凶真の苦悩や絶望みたいなものはあまり感じさせないように……おれには思えたが、さてどうだろうか。ちょっと骨折ったからリセット、みたいなあたり……そうか、やる方は初めてか。世界線はどうなってるんだ。いずれにせよ映画の尺というのもあるだろう。
 と、なんか文句ばっか言ったけど、「ふつうにおもしろかったです」だかんね。「着地できたぞー」のデブ見殺しとか見どころもあるかんね(今年の「笑えるデブ賞」候補は今のところ『アクト・オブ・キリング』の選挙に落ちた人望のないデブとこいつ)。でもね、うまく表現しがたいんだけど。なんというか、こういう映画ってのはそういうもんなのだろうか。「そういうもん」と見くびったようなものいいをしていいのかどうかわからんが。もうちょっと自分の中に映画の評価軸みたいなものを持つべきじゃないのか、なんてことも思う。持ったところでどうということもないのだろうが。
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