セリーヌ『戦争/教会』他を読む

六十一 あらゆる夢を(ああ)かなえてくれる資産状態を作り上げたい。ぼくはいつまでたっても自由でひとりぼっちで、余りにも複雑な心を、
六十三 持ったままなので、末永く愛することのできる伴侶を見つけることはできぬままに終わってしまうのだろうか。よく分からない。しかし、ぼくが何より望んでいるのは、思いがけない出来事に
六十五 満ちた生涯を送ることだ。ぼくの行く先々に、神の摂理がそうした出来事を仕掛けておいてくれればいいと思う。そしてまた、多くの人間がそうであるように、一つの土地の上、一つの人生の中に、ただ一つの連続性の極を
六十七 据えつけたいというだけの、無気力な生涯を送りたくはない。そういう連中は、人生の紆余曲折を知らずに終ってしまうのだが、精神を鍛えてくれるのは、そうした紆余曲折なのだ。
六十九 もしぼくが、人生がぼくの為に用意してくれている重大な危機を幾度もくぐり抜けることになれば、ぼくはそうでないぼくより不幸でないことだろう。何しろぼくは、知りたいのだ、把握したいのだ。
七十 一言でいえば、ぼくは誇り高い人間なのだ。それは欠陥だろうか。そうは思わない。そして、誇りはぼくの幻滅や失敗の種になるかもしれない。もしかしたら、成功の種となるかもしれない。
「胸甲騎兵デトゥーシュの手記」

 ……成功の種にはなったさ、そして同時に失敗の種にも。けど、重大な危機の連続を、紆余曲折をどうにか乗り切ったじゃねえの。あんたは望みを叶えたんだ、セリーヌ。たぶん、そうだろ?
 というわけで、セリーヌの全集14冊目。一生に一度くらいは全集のある作家の全集を読んでみるか、というのが……あったのかどうか。そして、セリーヌはそれに適した作家かどうか……もっとメジャーで、名作目白押しという作家だっているだろうに……もう、もはや意地といっていい。ともかく手を出してしまったから「セリーヌの作品」を全部読む、ということにしたのだ。
 したのだが、読むといっても快速の電車が駅を通過するくらいの読み方になってきた。何冊前からかそうなってきた。とくにこの14巻など、バレエや舞台の台本(脚本?)とか読まされてもという……おれはバレエ自体みたことがないんだ。まったく。

バルダミュ―いやいや! 私はね、タンデルノさん、人並みにアナーキストだってだけですよ。理論的には貴方のおっしゃる通りかもしれない。しかし、完全にアナーキーな時代を望むなら、食う必要がなくなるんでなくちゃならない……本物のアナーキストってのは、お分かりでしょ、金に困らない人間なんです。食うためには、だれでも、何かちょっとしたことをやらなきゃならない。で、アナーキストだろうとなかろうと、ほとんど同じになってしまうんです。
「教会」

バルダミュ―いや、大丈夫、ビスティル、いいですか、天地創造以来、この世の道徳の大原則は、生産なんです。快楽というのは、非生産的で、だから快楽は不道徳なのです。喜びというものが不道徳なのは、実にそのせいなんですよ。不毛な務めにうんざりするのは、生産的なことです。だから、うんざりするのは、道徳的なのです。プロテスタントは、この世のだれよりも、飽き飽きしています。だから、彼らは道徳的で生産的で、世界を支配しているわけです。
「教会」

 それでもなにかセリーヌの断片、真の欠片が散りばめられているようで、まったくうんざりして、飽き飽きして本を開いてるってわけでもねえんだ。世界の医師たろうとしたセリーヌ。その絶望と希望。弱きものへのうんざりしつつもどこかあたたかい目線ってのがあるんだ。

ユーデンツヴェック―バルダミュ、あなたは何故医学をやったのか?
バルダミュ―申しましょう……それは何より、人間がこわいからです。
ユーデンツヴェック―ホウー!
非常に興味を引かれる―首をかしげて。
バルダミュ―そうです! 私は、病気の人間との関係の方が好きなんです。元気な人間というのは、性悪で愚劣だ。彼らは、立って歩けるようになるとすぐに、なかなかの遣り手だってところを見せようとするものだから、彼らとの関係は、ほとんどアッという間に失敗に終ってしまう。横になって、苦しんでいる時には、こっちはそっとしておいて貰えますからね。分りますか?
「教会」

 なんかこう、妙に韜晦があって、それでいてってね。そんな具合なんだ。でもまあ、そんなのは『旅』とか『なしくずしの死』とかそこらへんで十分じゃねえのって言われりゃそれまでかもしれねえんだけどさ。

 第三景の舞台を閉ざしている幕には途方もない乗り物、乗合馬車にして乗合自動車、市街電車にして機関車風の乗り物が描かれている……黙示録に出て来るような巨大な車輪の付いた乗り物の途方もなく大きい色つきの設計図……巨大な車輪を備えた架空の乗合馬車……蒸溜工場の鍋のような汽罐……全部には背の高い巨大な煙突があり……赤銅色の恐るべきピストン……あらゆる種類の動梁……コック……前代未聞の器具……とはいえ、粋なものも多少は付いている……天蓋、花飾り、祭器壇、機械設備とロマンティックな装飾の混淆……《雷馬車運輸株式会社》という説明が書かれている。
「やくざ者ポール、気だての良いヴィルジニー」

 でも、こんな具合の描写とか出てきて、スチームパンクですか? みたいな気にもなったりして。反ユダヤ主義ヴィシー政権派という逆風をはねのけて評判を高めたという逃亡三部作以外にありえたセリーヌ、なんてのも想像したりはするよね。まあ、それでも、根本というか、根っこというか、魂のところでかわりはなかったろうけれど。

宗教じゃないんだよ、人生てのは、徒刑場なんだよ! 牢獄の壁を教会に仕立て上げようとしちゃいけなんだ……至る所、鎖だらけなんだから……
「教会」

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