湘南モノレールでの電撃的邂逅

おれがまだ中学生のころだったと思う。中高一貫の私学なんぞに湘南モノレールで通っていたころの話だ。

それは帰りのモノレールでのことだった。おれはものすごく美しいものを見てしまった。具体的にいえば、どこかの学校の制服を着た女子中学生か女子高生……年上という感じはしなかったから前者だったろうか。車内でその子が座っている横を通り過ぎるかなにかしてふとその顔を、容貌を見てしまったのだ。

モノレールが発車する。おれは席につく。内心、おれはもう驚愕のあまりどうにかなりそうだった。ずっと深沢〜西鎌倉間のトンネルを通りすぎているような気分だった。なんてことだ、この世にこんなに美しい子が存在するのか、という衝撃だった。

一目惚れ、なんていう生易しいものじゃなかった。そういう感情が起こらないほど美しいのだ。なにか見てはいけないものを見てしまったような気にすらなった。もちろん、頭がスケベで爆発しそうな男子中学生だ。ちょっと可愛い子でも見ればいろいろ想像や妄想をしたっておかしくはない。ただ、その子の容貌というのはそういうものを寄せ付ける隙が一切なかった。ただ、ともかく美しいのだ。オーラのようなものすらあったかもしれない。「この世にはこんなものが存在しうるのか」というのが率直なところだった。

そんな美しい存在とおれとその他の客を乗せて、サフェージュ式モノレールは進む。その子はなかなか降りない。深沢でも降りない。西鎌倉を通り過ぎる。おれは片瀬山で降りる。すると、その子も同じく片瀬山で降りるではないか。座席の関係で、その子が先に運転手に切符を渡す。おれはその後ろで定期を見せる。立ち姿も、歩く姿も完璧だった。すべて完璧だったし、オーラがあって、おれはやっぱり「この世にはこんなものが存在しうるのか」と思った。なめらかな陶器でできているようだった。人間の腹から出てきたものとは思えなかった。

駅の短い階段を降りると、その子は左折して長い坂を下っていった。おれの家は道を渡った別方向にあった。当然のことながら、おれは声をかけることなんてできず、ただただあの美しい存在について考えながら家路についた。ああいう子が、たとえば芸能人になるのだろうか? それとも、自分の知らないようなもっと別の世界に行くのだろうか……? そうしながら、必死に顔を頭のなかに刻み込もうとした。あまりに完璧すぎて、おれには覚えられなかった。

おれはそれから、あの子を見かけることは二度となかった。そして、あの子ほど美しい女性を見たことがない。あの子ほど美しい生きものを見たことがない、芸術品をみたことがない、自然をみたことがない。あれは思春期の爆発しそうな女子への飢えが生み出した幻だったのだろうか。いや、たしかにいたのだ。たしかにいて、それはおれを見た。あるいは見てはいけないものだった。美しいものは恐ろしい。おれは今でもそう思う。