おれ、ついにオーボンヴュータンを食う

おれは2009年にこんな記事を書いた。

AU BON VIEUX TEMPSのチョコレート味の何かに秘められた何か - 関内関外日記

えらい興奮している。そのくらいオーボンヴュータンのチョコレート味のなにかはおいしかった。そのチョコレート味のなにかの容器であった陶製の皿をもらって帰って、パスタ皿などに使っているのだが、そこでこの名を見るたびに「オーボンヴュータン……」と思うのである。というか、皿と関係なく「オーボンヴュータン……」と思うことしばしばである。たまにGoogleで所在地を調べたり、どっか横浜近辺に出店してないかと調べることもしばしばである。

え? いい大人が洋菓子店くらい行って好きにケーキくらい買えよ、という話ではある。が、相手は東京の、なにやら高級そうなところじゃないの。おまけに、店もお高そうじゃないの。おっかねえよ、田舎者のおらにはそんなところ行けねえよ、という話である。正直なところ、おれは東京が怖いので、できるだけ神奈川県で人生を過ごしたいと思っている。その神奈川県横浜市中区でも、関内と関外なら関外、みなとみらいと野毛なら野毛、元町と寿町なら寿町の側の人間である。そんなのが迷い込んだら、つまみ出されるんじゃないの? そういう不安もある。

が、このたび目黒駅近くにある東京都庭園美術館というところを訪れた。

東京都庭園美術館『マスク展』に行く - 関内関外日記

女が、おれが常々行きたいと言ってるケーキ屋が近いんじゃないの? などと言う。調べてみれば、乗り換えはあるものの20分そこらだ。行くしかないんじゃないの、ということになった。

尾山台の駅で降りる。環八に向かって歩く。シミュレーション通りだ。そして……。

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はい、来たー。閉まってたー。……といって動じるわけがあるか。店の近くへの移転など把握していたわ(とはいえ、前の店舗がまだこんな感じで残ってるとは知らなかった)。

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はい、こっちー。でも、店名のところに"AU BON VIEUX TEMPS"の文字見あたらねー。でも、ここ以外考えられねー。というわけで、意を決して店内に。おお、ここが……。ぐるりと取り囲むようにカウンターがあって、たくさんの従業員がなんかしている。真ん中にはジャムとかあって、入り口左手にはなにか伝統菓子(あ、おれスイーツのこととかまったく知らないんで)とかあって、そんでチョコレートがたくさんあって、正面のところに大きめのケーキ、そして右奥にはイートイン? 料理が見えた、ような気がした。が、今回はともかく甘いものを求めに来たのだ。さらに言えば、あのときおみやげでいただいたチョコレート味のなにかそのものがあれば、それを求めに来たのだ。

が、時間が夕方だったためか、ケーキ類が多くない。さあどうする? が、おれの腹はすぐに決まった。3,000円くらいする、決して一人用ではない、チョコレートっぽい、でかいケーキを、買う! なぜならば、おれが、ここに再び来ることがあるか、ケーキを買う金を持って、ここに来ることがあるか、わかりゃあしないからだ。たぶん美味しいのだろうが、小さなチョコレートに日和るわけにゃあいかないんだ。

おれは、店員さんに、「すみません、これください」と、目的のなんとかいうチョコレートのムースのなんかいい感じの、ハート型のケーキを指さした。店員さんは「メッセージとかなにかは必要ですか」みたいなことを聴いてきた。そりゃそうだ、なんか、誕生祝いとかでも、おかしくない。でも、おれにはノーサンキューだ。おれは、これを、一人で食う。女と一緒だったけど、都合があって一緒に食えない。ならば、おれ、一人のものだ。このケーキを作った人が、どんなふうにこのケーキが食べられるのだろう、どんな人に食べられるのだろうと想像したかなんて知らない。おっさん一人に食われるのは不本意かもしれぬ。ただ、おれは6年越しで食いたかったんだ。6年は決して短くはない。決死の覚悟といっていい。

そしておれは店員さんにレシートのような紙を渡された。さきに会計を済ませるシステムという。それで愛想のいい会計のところでお金を払い、今度は商品引換券にあたるレシートのような紙を受け取った。どういうわけか知らぬがそういうシステムなのだ。それをまたカウンターに持っていって、包装してくれているのをちょっと待って、ついに紙袋に入ったケーキを手にしたぞ、おれは。

帰りは東急。特急で横浜、横浜から京浜東北桜木町止まりにいらつき、山手。コンビニに寄って東スポを買う。急ぎ足。帰宅。まず紙袋の写真を撮る(なぜ?)。

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すぐに中身を冷蔵庫に入れて、手洗い、足洗い、着替え、紅茶の用意。冷蔵庫から中身を出してご対面。

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うひょー。

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あ、電車混んでたからちょっとチョコレートに崩れが。でも、いい、そんなこと。

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そしておれはケーキをむさぼるように食べた……。いや、ひと口ひと口噛みしめるように食った。おれが6年想像していた味か? いや、そんな問いは野暮だ。こいつは美味い。とにかく美味い。そこらのコンビニの菓子なんかとは、そりゃ比べられるようなもんじゃねえんだ。そうだ、おれには比べるべきハイレベルな洋菓子なんかない。ただ一つ、オーボンヴュータンは美味いと、そう思って生きてきたのだ。世の中にはこんなに美味いケーキがある。それ一つで十分だ。同じくらいの店がある、この店でももっと美味しいものがある。そうかもしれないが、そんなことは知った話じゃないんだ。

さっき、大きい地震があった。もし、今、おれがすごい災害に見舞われても、おれはもう満足だ。おれはついにオーボンヴュータンのケーキを食べることができたのだから……。