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2015年有馬記念回顧

おれはレース前にこんなことを書いた。全馬が勝ったことを想定しての感想文予定稿だ。

2015年有馬記念全出走馬が勝ったときに書きそうなそれぞれの感想 - 関内関外日記(内)

7.ゴールドアクター

東スポの虎石がわりと前から「有馬はゴールドアクター」と言っていたっけ。スクリーンヒーローに母父キョウワアリシバというのが渋い。出走できるかどうかという話もあったが、勝たれてみれば出られてよかったというところ。休み明けから準オープン、アル共というローテも余力十分だったか。

というわけで、ゴールドはゴールドでもゴールドアクターの勝利で今年の有馬記念は幕を閉じた。おれはゴールドヘッドだから同じゴールドを買ってもよさそうなものだが、東スポの虎石にそれほど思い入れもあるわけでもなく、どこからでも入れそうな有馬記念、さらに人気薄のアドマイヤデウスから入って、ひさびさに腹にこたえるくらいの負けを食った。後悔はあまりない。

レース一週間前くらいはなんとなくリアファルかキタサンブラックあたりから入ろうと思っていた。ところが、どうもこの秋ひどい結果を出し続けている清水成駿(おれの尊敬する男……競馬界に限った話ではない)がリアファル本命っぽいので、キタサンか? というところ。

が、蓋を開けてみれば、いや、東スポ一面なのだから開けなくともわかったが、清水成駿ゴールドシップに本命を変えてきた。リアファルは人気しすぎだから一つ印を下げたという。ついていない予想家の変心である。リアファルにするか? とも思った。思ったが、やはり二頭ともケチがついたような気がして(繰り返すが、おれは1馬時代から清水のファンである)、キタサンにしようかと思った。

が、キタサンブラックの鞍上が横山典弘である。おれが競馬をはじめたころからの東の騎手である。が、どうもこのところか、それよりかなり前からか、あの後方ポツンをやるのが気に食わない。知らない間に嫌いな騎手になっていた。キタサンブラックで後方ポツンをやるわけはないだろうが、あるいは、ゲートの出が悪ければやりかねない。どうにも一年の締めくくり(おれは「馬券で儲けられるなら平場も重賞も変わらない」という立場には立てない。なぜなら平場でも重賞でも儲けられないからだ)に横山典弘に乗る気が起きなかった。北村宏が鞍上だったらキタサンブラックから入ったかもしれない。

というわけで、おれの本命を探さなくてはならなくなった。念頭にあるのは去年の有馬記念だ。年をとると一年も早く早くなる。すぐに去年を思い出せる。そうだ、プロフェッショナルたちが抽選でなりふり構わず内枠を取りにいって、結果として内枠が勝ったじゃないか。内の方だ。ほら、キタサンもリアファルも外目だ。とすると……。

アドマイヤデウス。おれの出した答えはこれだった。秋天でも買ったか? ジャパンカップでも買ったか? まあいい、不調とはいえ大一番で岩田康誠が一発イン突きをかましてくれるんじゃあないか。春先に中山の重賞で好走していた馬が、そのあと不調になって人気薄、が、有馬で3着とかよくある話のような気がするじゃないか。そうだ、3着でいい。ラブリーデイの充実の勝利でも、ゴールドシップの復活大団円でもいい。3着にしぶとくアドマイヤデウス。あるんじゃないか。そう思った。

というわけで、馬券はアドマイヤデウスの単勝、アドマイヤデウスからの手広い馬連、ワイド、そして三連複となった。

http://race.netkeiba.com/?pid=race&id=c201506050810&mode=result

結果としては……前2走ほどの大敗ではないものの、掲示板に載れないくらいの走りに終わった。見せ場もなかった。

見せ場といえば、ゴールドシップは見せ場があった。ああいうのは悪くない。あそこから二枚腰を見せるのが全盛期のゴールドシップだったろうし、それが繰り出されなかったのであれば年齢的な衰えにすぎない。競走馬としては完全燃焼したといっていいだろう。

勝ったゴールドアクターは見事なものだった。アル共からのジャパンカップ、ではなく有馬記念スクリーンヒーロー産駒。母の父はキョウワアリシバ。鞍上の吉田隼人は(おれにとって)意外なことに初のG1タイトル。東スポの渡辺薫が述べていたように、このご時世で外国人ジョッキーへのチェンジなどなくタッグを組んできたあたりはドラマとでも言うべきか。2着サウンズオブアースともども相手には買っていたが、入り口を間違ったのでどうしようもない。あとはトーホウジャッカルが行方不明になっていることくらいが気になる。

ちなみに中山の最終は岩田が3着に紛れ込んだ。1着と2着はデムーロルメール。有馬がそうであってくれればよかったのだが。

して、おれはともかく金がなくなった。少なくとも競馬をやる金が無いということだ。来年の桜花賞あたりでまた会いましょう、ということである。東京大賞典金杯を元気に駆けまわってるおれの姿があったとしても、見なかったことにしてもらいたい。以上。