ニック・ハーカウェイ『エンジェルメイカー』〜軽くて重いが読む価値あり〜

エンジェルメイカー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

エンジェルメイカー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

エンジェルメイカー (ハヤカワ・ミステリ)

エンジェルメイカー (ハヤカワ・ミステリ)

大物ギャングの息子として生まれたジョー・スポークは、時計じかけを専門とする機械職人として静かに暮らしていた。しかし、彼が謎の機械を修理した日にすべてが変わった。客の老婦人は引退したシークレット・エージェント、謎の機械は第二次世界大戦直後に開発された最終兵器の鍵だったのだ! そしてさまざまな思惑を持つ人々がジョーの周囲で暗躍をはじめた……愛する者を悪の手から守り、世界を滅亡から救うため、ジョーは父の銃を手に立ち上がる! 笑いと切ない抒情に満ちた傑作エンターテイメント・ミステリ

※ネタバレあってもしらないよ。
 主人公ジョーのフルネームはジョシュア・ジョゼフ・スポーク。よってこれを「ジョジョの奇妙な冒険」といってよいかもしれない。奇妙な冒険である。血脈の話である。そして、どう考えてもミステリよりSF寄りというのにハヤカワ・ミステリのポケット判であって、なおかつ700ページ級の代物である。とはいえ、おれは500ページくらい一気に読んだのだから、それだけの力がある。700ページの奇妙な冒険である。
 とはいえ、「ジョジョ」というよりは伊藤計劃っぽい、といっていい。誇り高いクソ犬が出てくるあたりはイギーといっていいが、伊藤計劃なのである。物語のキーとなる『ハコーテの書』は各ページにパンチ穴のある、ある機械のキーだ。階差機関ならぬ「理解機関」(アプリヘンション・エンジン)も出てくる。グレート・ゲーム(本書では「偉大なるゲーム」と訳されていたかな?)で大英帝国が疾走させるのは、装甲列車エイダ・ラブレス号(本書では「ラブレイス」号)。おまけに、ラスボスのやろうとしていることといえば、なにやら人類補完計画的なものであって……あれ? これってアニメ版『屍者の帝国』で再生できるんじゃねえの? というか、スチームパンクのテンプレート? だってもう、本がさ……。
 でもって、それが舞台を現代と第二次世界大戦あたりをいったりきたりして、登場人物の奇妙なつながりもあって(パラパラ読み返して気づいたが、「フランキー」の名はかなり早く出てきている)、まあ読ませることは読ませる。いや、読ませる代物だ。忘れちゃいけないが百合要素なんかあったりもする。たいしたもんだ。
 とはいえ、ちょっと気になるところもある。前作(『世界が終わってしまったあとの世界で』)ではそれほど気にならなかったユーモアが悪い意味で増長しているようなところがあって、やや冗長感がある。エンジェルメイカー、アピス・メカニカの脅威、虐殺器官としての機能がいかなるものか具体的にわかりにくいまま終盤まで進む……などなど。まあ、全体的に長すぎねえかという。それでもって、なによりなにかこう、人間というものと技術というものについての深みがないというか、全体的に薄っぺらい。本は分厚いのに薄いところがある。伊藤計劃のような切実感や深みがない。わりと味に文句もなくて腹一杯になったファミレスの食事とか、そんな感じがする。むろん、著者とその父から出てくるところのある、家族についての物語として深く読もうとすれば読めるのかもしれないが、SFとして、小説として、やや薄いところがある。その薄さが軽妙さに転じてうまく転がっている部分がなしとはいわぬが、ジュードーのスキルについて語られる部分はべつのなにかに置き換えられるんじゃあないのか、という気にさせられるのである。
 それでも、面白えもんは面白いのだ、といえばそれまでかもしれない。これはわりと多くの人に勧められる一作といっていい。機関車の排障器(カウキャッチャー)を発明したのがチャールズ・バベッジだという小ネタが出てくるのが面白いと思えなくとも、これはわりといかした一作だ。おれとて作中に出てくる「ラスキン主義者」(これも『屍者の帝国』の屍者みてえだな)の「ジョン・ラスキン」についてWikipedia先生にアクセスしてみたもんだ。まあともかくいろんなもんが詰まってる。スチームパンクだし、ギャングだし、スパイだし、むちゃくちゃ強いババアだし……ともかく腹は膨れる。それの何が悪い。まあともかく召し上がれ、そんなところだ。

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……『エンジェルメイカー』も日本でアニメにしたっていいんじゃねえの?

……これと『エンジェルメイカー』どっちが面白い? ひっくり返った体験として『世界の〜』かな?