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さて、帰るか

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使っている包丁の切っ先が欠けているのに気づいた。一度、包丁研ぎに持ち込んだら「お仕事でお使いですか?」と言われたような、身分不相応な包丁だ。とはいえ、切っ先でなにをするでもないのでそのままにしている。包丁に相応の砥石くらいは持っている。

たまに、身分不相応なものが欲しくなって、欲しくなってたまらなくなることがある。その包丁もそうだったし、フルカーボンのロードバイクもそうだろう。包丁の方は毎日のように使っているが、フルカーボンのロードバイクときたら、毎日のように壁にもたれかかっている。

おれもぐったりして壁にもたれかかっている。最近、睡眠時無呼吸症候群のような強い眠気に襲われることが多くなった。スリープスプリントの効果が薄くなっているのか。人間の身体、時間とともに変化する。単に太り気味ではないのか、という可能性も捨てきれない。

雨が降っていると、ジョギングしなくていいな、と思う。ジョギングできない、これは仕方ない、酒を飲もう、となる。曇り空でも、雨が降ったら困るからな、と自転車に乗らないことになる。これは仕方ない、酒を飲もう、となる。

医者の予約をするのを忘れた。明日予約しよう、忘れないようにしよう。薬が切れる。とはいえ、医者曰く「飲まなくたって死ぬような薬じゃないからね」だ。まさにその通り。とはいえ、飲まなければおれのなかの希死念慮は上昇するだろう。おれの攻撃性は上昇するだろう。おれのなかの宅間守度は上昇するだろう。だが、いずれにせよそれはとてもゆっくりしたものだろうとは思う。しばらく薬を飲まなければ、じわじわと上がっていく、そんな予感。

おれは薬を飲んだほうが楽だから薬を飲む。そして、その効果を打ち消しかねない酒を飲む。人は矛盾の生き物。アルコールという合法ドラッグに魅入られてしまったから仕方ない。I don't like drugs, but...。

一生に一度くらいホームランを打ちたかった、と思わないではない。公式の球場とかじゃなくていい。ゴムボールにプラスチックのバットでもいい。ホームランを打ったことのある人生、打ったことのない人生。

ただし、おれはボールを捕るのはうまかった。ちゃんとボールを捕れるという理由で、小柄だけどソフトボールの授業でキャッチャーをやったこともある。バッティングだってなかなかのものだったぜ。子供の草野球、ソフトボールの授業。

そうだ、ゴロを捕ったら利き腕ですぐに蓋をする。すぐに送球体勢に入る。そう父親に教えられた。中学のころ、ソフトボールの蓋をするタイミングが少し早くて、おれは右手の薬指を突き指した。少し痛かったが、なんの処置もしなかった。それ以来、おれの右手の薬指の第一関節は内側に少し曲がったままだ。死体の検分のときの参考にされたい。

こんな話、何度も書いてきたように思う。おれは話題に乏しい。ろくなつくり話もできない。おれがもう少し話題に富んだ人間だったら。おれがもう少しつくり話のできる人間だったら。おれの薬指が曲がっていなかったら。ばかばかしい妄想。はかばかしくない労働。話もなければ金もない。

金が問題なのだ。おれに必要なのは金なのだ。遊ぶ金欲しさ、いや、生活費に困って。おれはプラスチックのバットを片手に深夜の牛丼屋チェーンに向かう。カウンター席に座って、「並と卵」と言う。おれは「並と卵」を食い終わると、少しオープン・スタンスのバッティング・フォームで「金を出せ」という。店員が防犯ボールを投げる。どまんなかに入ってきた甘いスライダー。見逃すはずはない。バットを思い切り振り切る。防犯ボールは左中間の上を越えてぐんぐん伸びる。レフトの頭上も越える。地元銘菓の看板を直撃する。しゃがみ込む店員。バットをいかした感じに放り、右手を高々と上げながら一塁ベースに向かうおれ。ベンチからはサヨナラのヒーローを迎えようと選手たちが身を乗り出している。ほれぼれするような光景。

全部夢だったっていうのかい? おれは今日はまだ一滴も飲んでないんだぜ。でも、帰ったら眠りこけてしまうほど飲んでしまうんだぜ。それでもちゃんと歯を磨くのは忘れないんだ。歯を磨かないでベッドに入ることは考えられない。その執着が、少しでも金になることに向いていたらよかったのに。いや、歯医者に行く金は浮いているのか。浮いている金を掴むことはできないのか。浮いている金は目に見えない。触ることもできない。おれは目に見える金が好きだ。触ることのできる金が好きだ。いつか札束で自分の頬を叩いてみたい。きっと、びっくりするほどユートピア