腸だけで感じてる

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おれは今月、生まれて初めてのオフ会(サイクリング)に出て、初対面の人と出会う(へんな表現だな)という体験をした。そのほかにも、たいへん楽しくて、うれしいこともあった。おれはレキソタンのゾロ(セニラン)を飲むのを減薬し、やめた。おれは軽躁状態にあった。あるいは、「うれしければ、喜んでいい」のかもしれない。

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とはいえ、おれの前途は暗い。自死か路上か刑務所か、だ。どこにも明るい人生が待っていない。一時的にハイになっても、完全にローが待ち構えている。おれはそれをごまかしながら生きている。生きているふりをしている。おれにはなにかうれしいことがあって、抗不安剤を一種類手放しても大丈夫になっているけれど、このままジリ貧になって死んでいくだけである。

それを感じているのは腸、なのだ。腸とセロトニンの関係、おれにはよくわからない。よくわからないが、おれはここのところずっと腹の調子が悪い。精神状態は悪くないのに、腹だけが悪い。そんなことを医者に言ったら、トリメブチンという腸の薬を処方された。医者は薬の種類も量も増やすことを好まないので、しぶしぶ処方した。10錠5日分という微妙なお試し量で処方した。

過敏性腸症候群 - Wikipedia

トリメブチン、効果はあった。市販のビオフェルミンでは得られないくらいの効果はある。あるいは、赤玉はら薬ほど強烈にせき止めるわけでもなく、穏やかに効き目があった。おれは今度医者に行ったら、「レキソタンは無しでいいので、トリメブチンを一ヶ月分処方してくれ」と言うつもりである。

それにしても、だ。腸だけがおれの不安を感じ、反応している。まあ良性の期外収縮でアロチノロール塩酸塩を飲んでいる(言いようのない不安なドキドキを抑える)というのもあるけれど、やはり腹は正直だな、というところがある。むかし、『唯脳論』という本と言葉が流行ったが、どうも違う。人間は臓器としての心臓で感じるし、腸で感じる。この肉体あってこその人格であって、そこに異常ある、病気がある。昔の日本人は腹を切った。腹に魂があって何の問題があろう。

して、トリメブチンを処方されて、腸で不安を感じなくなったおれとはどのようなものだろうか。抗精神病薬抗不安剤、心臓のアロチノロール塩酸塩と胃腸のトリメブチン。上辺だけ不安を取り除いて、穏やかなふりをして日常を送る。それでいいのだろうか。それでいい、待てば海路の日和あり、あるいは暴風雨が待っていようとも、おれは生きているあいだ、生きているふりをしているあいだ、できるだけ心安らかにありたい。そのために瞑想はしないけれど、野菜くらいは食う。ん? 野菜ばかり食っているから腹の調子がこのざまなのか? まあいい。もうどうでもいい。おれは目先の安心、目先の快楽だけ追って生きよう。いや、生きられればいいのだが。

ちくしょう、おれを幸せにしてくれ! 5分だけでもいい!

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