それとわかるナイフで刺してくれ

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明け方の大雨の名残りが、朝の街は熱を吸い取っていくようだ。球児たちのいなくなった野球場は静かで、おれをそれとわかるナイフで刺してくれ。スク水揚げの季節が来て、おれはあいもかわらずしけた事務所で鳴らない電話に安堵している。おれはいつも金がなかったし、夢で会えても五分後には忘れてしまう。だから、おれをそれとわかるナイフで刺してくれ。おれの胸を切り開いてくれ、不規則で不誠実な心臓を真っ二つにしてくれ、おれは毎日ミント・チョコのアイスクリームを食ってるってあの人に伝えてくれ。ありとあらゆる検査があって、今日の日付から自分の住んでいる場所まで真顔で質問されると、今日の日付から自分の住んでいる場所までわからなくなっているようになっちゃうんだってさ。だからそれとわかるナイフでおれを刺してくれ。腹を切り開いて、あるべきところにある臓器をそれぞれ真っ二つにしてくれ。その断面でスタンプ・ラリーをしてくれ。すべての空欄を埋めた人には素敵なプレゼントを贈呈中、ただしお前の個人情報と引き換えに。2016年8月1日、起こらなかった大地震でおれはもう瓦礫の下。永遠に失われたおれの亡骸はARの画面にもうつらない。いつしか腐臭を放ちはじめて、目ざとい獣たちの餌になる。それとわかるナイフで刺されたおれは、眼窩を太陽に向けて、あるべき光の直射を見ようとするが、見られない。心の中ではいつも思っている。なんに思っていないって、わかっているんだ。うつろがそこにあって、いくらをそれとわかるナイフで刺したって、血の一滴もながれないんだって、わかっているんだぜ。