祖母の終活

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おれの祖父母のうち、父の母のみが存命である。年齢は90を超えていると思う。今はおれの父と母と暮らしている。

その祖母、年を追うごとに頑固、強情になっているという。この暑い夏、エアコンは嫌い。ならば扇風機、といっても、それもスイッチを切ってしまう。「お歳のせいで暑さを感じにくくなっているのだから、つけっぱなしにしてくださいね」と母が言っても聞きはしない。それでも熱中症があぶないからとスイッチを入れておくと、今度はコンセントから引っこ抜いてしまう。「暑くないんですもの」。

そして、部屋のドアを閉めて、大きな音量で高校野球など見ているという。「風が入らないと熱中症が……」といっても、ドアを閉めてしまう。せめてドアを開 きっぱなしにさせようと、ドアを開けて2Lのペットボトルがたくさんはいった箱を置いておいても、どけてしまうという。けっこう力持ちだ。「暑くないんですもの」。

水分もあまり摂らないという。「お歳のせいで喉の渇きが感じにくくなっているのだから、こまめにお水かお茶を飲んでくださいね」といっても手を付けない。「喉、渇いていないんですもの」。

おれはこの話を母から聞いた。父は祖母を怒鳴りつけるし(耳もそうとう遠くなっているが、補聴器も断固拒否している)、どうしたものか困っているという。

「そりゃあ大変だね」と言いながらも、内心おれはこう思った。もうそろそろ祖母は死のうと思っているのではないか、と。死ぬための準備、今風の言葉だと終活、か。あるいは即身成仏を目的に穀物を断っていく昔の高僧のようだと。やや積極的で緩慢な自殺かもしれない。祖母は、そのような人であると思う。もちろん、老人特有の症状というものもあるだろう。あるだろうが、支離滅裂な行動ではなく、することなすこと反抗だ。晩年の反抗期。

母は最後の手段として、こういう手紙を書いて残したという。「このままでは、大嫌いな病院に救急車で運ばれるかもしれませんよ」と。祖母は人間嫌いで、病院などで「おばあちゃん」扱いされることなどプライドが許さない。母もなかなか考えたものである。はたしてこの夏の暑さで祖母が死ぬのか、この調子であと何年か生きて100歳に届くのか、おれにはよくわからない。おれにはおれの死もわからないし、他の人の死のこともわからない。まあ、そういうものだろう。

 

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この祖母である。