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『こち亀』の終わりとハード・ボイルド・ワンダーランド

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おれはたぶん小学校三年生のころから週刊少年ジャンプを読み始めた。小学校の高学年になるころには、いわゆる少年ジャンプ黄金期を迎えていた。毎週、毎週楽しみでならない連載陣。どこまで夢中にさせてくれるのか、『ドラゴンボール』。少年漫画誌では異彩を放つ『ジョジョ』。黄金時代。

そんな時代にあって、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』は『こちら葛飾区亀有公園前派出所』だった。おれの生まれる前から始まっていた連載。最初に単行本を買ったのは何巻だったか。買ってもらった場所は覚えている。ファミレス帰りに寄った手広の交差点近くのコンビニ。今あるのかどうかはしらない。内容は、いきなり『こち亀』の面々がSWATになっているというものだった。たしかか、55か56巻。当時は、そんなに巻数を重ねている漫画はほかになかった。おれは『こち亀』に夢中になった。そして、60巻を数えるころには、全巻そろっていた。それはおれが中学に入ったときのころだったろうか。おれが「こち亀全巻持っている」というと「オタク」呼ばわりされた。宮崎勤の事件の余韻冷めやらぬころだった。そんな時代だった。

おれが週刊少年ジャンプを読まなくなったのは、20歳を過ぎて、一家離散したときだった。なんとなく面白くなくなった、とかそういうのではない。漫画に金を出す余裕がなくなったのだ。とはいえ、立ち読みという形で読み続けなかったあたり、おれももう少年マンガ誌とは距離があったのかもしれない。おれが最後に読んでいたころ始まっていたのが『ONE PEACE』であり『NARUTO』であった。おれはこの二作が長期連載になるなんてまったく思っていなかったので、やはり歳をとってしまっていたのだろう。

そんななかでも『こち亀』の連載は続いた。おれは読んでいなかった。100冊に迫ろうという単行本も、実家がなくなったさいに知り合いの子にすべてあげてしまって、どうなったか知らない。ときおり、2chまとめサイトなどで最近の『こち亀』はどうこう、昔はどうこうなどという話を見かけるくらいになった。おれは昔の話しかわからなかった。「ラオスのけし」の話ならわかった。追憶と感傷の漫画になっていた。だからおれは、おれの知らなくなった『こち亀』で両津勘吉が大暴れしつづけているのかどうかなんてわかりようもなかった。

その『こち亀』に終わりが訪れる。今年はなんていう年だろう。清水成駿は死ぬし、『こち亀』が終わる。おれが電車の中、一人で「あっ」と声をあげたことが二度あって、一つは清水成駿が1馬を去るとき、もうひとつは『こち亀』の偽最終回だった。おれは偽最終回の見開きにおどろき、ページを一枚よけいにめくってしまったから、本当の最終回だと思ったのだった。あれは湘南モノレールに乗っているときのことだった。はっきり覚えている。その「あっ」が本当になる。

おれは週刊少年ジャンプも『こち亀』も読まなくなって久しい。あまりあれこれいう権利はない。でも、おれは少年時代に『こち亀』60冊を持っていたし、なんどもなんどもよみ返した。おれの一部は『こち亀』によって成り立っているといってもいい。なにか下品なことのように思われるだろうけれど、おれはきっと『こち亀』の載る最後のジャンプを買うだろう。たぶん、そういうことだ。