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生きるっていうのは疲れるってことじゃないの?

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生きるのは疲れる。

ふと、そう思った。

おれがここで言う「生きる」というのは、息を吸って吐くとか、栄養を摂取して消化するとか、寝たり起きたりするとか、そういう基本的なことだ。もう、それだけで十分に疲れる。疲れるといっていい。おれは生まれたときから疲れていた。死ぬまで疲れつづけるのだろう。

その上で、糊口をしのぐために働くとか、移動のために歩くとか、iOSのアップデートをするとか、そんなことがだいたい100個くらいあって、あるいは1000個とかあって、もう、すごくすごい疲れるじゃないか。まったく疲れて当たり前じゃないか。うんざりして当たり前じゃないか。嫌になってきて、その嫌な気分が自分ばかりじゃなく他人に向いてしまったりするのも当たり前じゃないか。

人間以外も疲れているのか。

それはわからない。

犬にも仏心はあるのですか?

ただ、「精神を精神する」ことが確認されているのは、どうやら人間だけらしいので、この疲れと、その上の疲れを疲れることができるのは人間だけといっていいかもしれない。

そんな疲れた人間がさらに疲れながら社会を築いていくのだから、そこが地獄のようなところになるのも当たり前じゃないか。地獄の鬼だって疲れている。疲れているものがさらに疲れているものを疲れさせる。ブルースは加速していく。もうパーティは続けなくていい。空気が疲れている。

そんな空気を吸うのもかったるい。

吸うならもっとなんかいいものがあるんじゃないのか。

ああ、いいもののことを考えるのもかったるい。

悪いことなら勝手に思い浮かんでくる。

おれはますます疲弊する。

おれは、ますます。

おれは。